パネリスト:玉井哲雄(東京大学教授)
久野 靖(筑波大学)
中島 洋(MM総研代表取締役所長)
山本里枝子(富士通研究所)
司会:中谷多哉子(筑波大学)
主催:ソフトウェア技術者協会
実施日:2012年3月27日
場所:筑波大学東京キャンパス
玉井哲雄教授が3月末で東京大学を定年退官。すでに東京大学での最終講義を済ませたが、東大に移る前、5年間、教鞭をとった筑波大学の東京キャンパス側でも、記念の講演をということで、玉井研究室の有志が集まって玉井先生の近著「ソフトウェア社会のゆくえ」をテーマにしたフォーラムを開催、先生の特別講義の後に、同じ内容をテーマにパネル討論を開催した。
特別講義で著書の幅広い話題の中から東京証券取引の有名なトラブルを取り上げて背景や原因、その後の責任をめぐる損害賠償訴訟の経緯を詳細に語ったので、パネル討論も「ソフトウェア技術者の倫理」「ソフトウェア世界に優秀な若者を招くにはどうすれば良いか」などを議論した。
印象に残ったのは、ソフトウェアの作成担当者が自分の作業に署名を残してゆくように義務付けるべきではないか、と筆者が問題提起したことに対して、集まっていたソフトウェア工学の研究者、技術者の反応が手厳しかったことである。
筆者は、農作物を作った農家、工場の担当者、小売店のレジ係の人、ホテルの客室担当者など多くの職場で、作業者や責任者が顔や名前を表示して、自分の仕事の成果に責任を持とうとしている。自分も新聞記者として署名することを目指し、多くの記者はそれを目指して研鑽する。誇りにもなるし、憧れにもなる。ソフトウェア開発者はなぜ、名前を出すのを回避しているのか、と問いかけた。この問いに、会場からは一斉に手が上がった。2人の発言は、「署名の必要はない」。共同、集団の作業で個人の活動や名前は問題にならない。オープンソフトウェアなどは、逆に署名を尊ばない、などの意見だった。
その逆に筆者の立場を支持する発言もあった。「by 玉井哲雄」の署名のソフトウェアを見たいという主張が一つである。もう一つは、集団で作っているというが、キーマンは必ず分かるし、だれがどの部分を作っているか、仲間はそれとなく分かっていて、個々人の活動や貢献が分らないというのは、現場の実態とは違う、という指摘だった。
総じて、無署名、匿名を支持しているように見えたのはいささかがっかりだった。一人一人が自信をもち、これが自分の仕事だと主張できるような雰囲気でなければ、職場は活性化されないのではないか。大きな夢をもつ若者は、集団の中に埋没するような仕事には飛び込んでこないのではないか、という気がしてならないのだが。