ウェブ社会の思想――<遍在する私>をどう生きるか

ウェブ社会の思想――<遍在する私>をどう生きるか

鈴木謙介(国際大学グローコム研究員)著
1070円(税別)
日本放送出版協会、2007年5月発行


 若手の社会評論家、社会学者として人気を集めている鈴木謙介氏について、その著書は難解だ、と言われてきた。TBSラジオで軽快にパーソナリティを務める鈴木氏に興味をひかれて著書を読めば、ラジオの音声から流れる言葉の断片に慣れているので、なんとか、ついてゆくことができるが、初めて、その文章で鈴木氏に触れる読者には、確かに、その文脈を追いかけるのはつらいものがあった。しかし、今回の著書は使う言葉も、文章の表現力も改善されて、読んでいて理解しやすいものになっている。


 ウェブ世界、というのは、これまで情報社会とか、高度情報社会と呼ばれる概念の範囲の中にある。情報革命は短期簡に社会や産業を激変させるものではなく、じっくりと社会を変化させてゆくものだ、など、読者にいささかの安心感を与えながら今おきている現象を解説し、多数の具体的な事象を参照しながら包括的に分析を加えているので、読者に読みやすさを感じさせるのだろう。


 ただ、書かれている中身は高度なものである。


 ケータイが発達し、さまざまな道具の中に埋め込まれたICチップによって商品の情報ばかりでなく個人の情報まで逐一記録され、膨大なデータとしてに蓄積され、本人の気がつかないところでそのデータ類は整理、分析され、また編集され、個人に対応する一定の人格像が形成されている。それらの情報はすべてが統合されているわけでなく、一人ひとりの個人について、あちらこちらに少しずつ性格の違う人物像が複数、形成されている。


 本当の私は、形成されているそれらの人物像のどれに最も近いのだろうか。これらの人物像はただの興味本位で形成されているわけではなく、企業にとっては商品を効果的に売り込むために重要な材料を提供するし、また、交友関係を広げようというときに機能するなど、現実に生きているわれわれの世界と緊密な連関をもっている。われわれはいやおうなく、高度に発達した情報技術が作り上げた世界に放り込まれ、その影響の中でしか生きられないゆえに、普段はなかなか姿を現さない自分自身がどのような人格像で描かれているのか、関心を抱かざるを得ないのである。


 本書では高度に情報が蓄積され、管理され、現実の世界に支配的影響を及ぼす情報社会の現代的特色をウェブ社会と表現し、その社会学的な解明を試みている。情報産業の渦中にいるビジネスマンも、自分自身のたち位置を確認するきっかけにするため、本書を読むことをお勧めする。

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