現代社会の価値観を混沌させている原因の一つに「プライバシー」の理解の混乱がある。戦後日本社会では、徐々にプライバシーの絶対価値化が進み、個人情報保護法が「個人情報過保護法」と言われるまでに個人情報の過剰な権利意識に進展したことは憂慮すべき事態である。本書はその隘路に陥ったかに見える個人情報保護問題やそれと近接問題(実は別物であるが混同されている)であるプライバシー問題の重要ポイントを、実に、平易に、説得力をもって解説してくれる。
著者はすでに、個人情報保護法の施行時点から、この極めて意義のある法律が誤用されて却って情報化社会の進展にブレーキをかけるのではないか、と憂慮し、その警鐘を鳴らしてきた。事態は、まさしく著者の憂慮の通り、あるいはそれ以上の危険な過剰保護の状況に陥っていることを指摘してきた。その結果を検証した上で、改めて個人情報とは何か、本来は何を保護すべきなのか、プライバシーとは何か、それは果たして不可侵の絶対的な人権なのか、歴史的、また先進各国の考え方などを比較し、また批判を加えながら読み解いてくれる。
もちろん、抽象論ではない。実際に、難題に直面している企業の担当者にとって、企業が保護するべき個人情報とは何か、顧客情報、従業員情報、本来は事業活動や経営にとって重要な資源となるべき個人情報が、過剰な「個人情報保護」の意識によって十分に活用されないまま放置されていないか、明快な解答を提示してくれる。学界でまだ定説がないものについては、いくつかの前例、裁判の場で一応の結論が出ている場合にはその判例を示しつつ、著者なりのコメントを加えてくれるので、非常に分かりやすい。
著者の国際大学グローコム教授時代の上司だった公文俊平前グローコム所長(現・多摩大学情報社会学研究所長)が「情報社会のプライバシーやセキュリティに関心をもつ人びとにとっての必読書」と評されているが、この1冊を紹介する筆者も同感である。ぜひ、混沌とした個人情報の取り扱いやプライバシーの取り扱いの問題を整理するためにもじっくり読んでいただきたい。