ネットの高い壁--新たな国境紛争と文化衝突

ネットの高い壁--新たな国境紛争と文化衝突

「ネットの高い壁--新たな国境紛争と文化衝突」
2009年12月28日 NTT出版
3200円+消費税
国際社会経済研究所監修
執筆陣 原田泉・山内康英・張力・山本達也・須田康司

 インターネットは「共助」の精神、善意の構成員の積極的な発言を前提にして、バラ色の未来を構想しながら発展してきた。しかし、それはメンバーの数が少なく、互いの顔は見えないが、構成員の価値観や考え方が同質か、類似である特殊な状況で、初めて成立するものであった。インターネットへの参加者が増え、そのメンバーがだれなのか、どういう性格の人なのか、さらにどこの国人なのか、匿名性が拡大するにつれて、神話の時代は終わったのである。

 オウム真理教もいくつかの事件の工作にネットを使った。インターネット以前のパソコン通信の掲示板の仕組みなどを使ったのだが、本質的に同じことである。01年の同時多発テロの犯行グループもインターネットを駆使している。ボランティアの善意の運営者たちが自由に活用していれば有益に発展するというような楽観論はとっくに消し飛んでいる。国家が乗り出し、それを管理しなければ危険な仕組みになってきたのである。

 本書はさらに踏み込んで、自由な参加者たちの素朴な発言の中に紛れ込んで、国家が堂々と、あるいは、陰に回って影響力を行使する、という実態を克明に検討したものである。国家はその利益に沿ってインターネットを管理しようとする。そこには自由に国境を越えて善意のメンバーが結びつく、という夢幻のような甘い世界はない。もちろん、国家が危険を感じないようなコミュニティは、これからも善意に基づき、ユーザーの利便性を高めるものとして発展してゆくだろうが、同時並行的に新しい国家の影が広がっている。

 そうした事態を中国やイスラーム世界のインターネットの動きを検証しながら5人の筆者によって多角的に分析してゆく。久々にインターネットの今後を考えさせる専門書である。国際社会経済研究所はNEC系の情報社会を正面から据えて調査・研究するシンクタンクだが、情報社会の問題を様々な側面からアプローチし、質の高い研究を進めている。国内では国際大学グローコム、多摩大学情報社会研究所との連携が緊密である。

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