ネットの炎上力

ネットの炎上力

「ネットの炎上力」
蜷川真夫著
文芸春秋 760円+消費税
発行2010年2月20日

 インターネットを日常の道具に使っている若者なら、蜷川真夫氏が経営するJ-CAST社は大概は知っているのではないか。大企業が大量の人材を投入して情報を発信する「マスメディア」とブログや電子掲示板など個人が身の回りの個別情報や意見を吐きだす「パーソナルメディア」に対して、「ミドルメディア」という新概念を定着させたのが、J-CASTである。

 「炎上力」とは、何か違和感のあることがどこかのサイトやブログで掲示されると、ネット住民たちが一斉にそのサイトやブログなどに書き込みが集中して、機能がマヒするほどになることだ。「正義の声」になることもあれば、ただの「ネットの暴力」になることがあるが、いずれにしろ、すさまじいパワーをインターネットが持ち始めているということなのか。J-CASTニュースは、ネットに流れる膨大な雑多情報の中からユーザーの関心を呼ぶと直感するネタを取り上げて再取材や補足取材を加えてネットに「ニュース」として提供する。この「2次情報」「3次情報」は時に新聞や放送を動かすが、インターネットの中では、激しい反発を浴び、罵倒の嵐が吹きすさぶこともある。J-CASTニュースで取り上げたことがネットの様々なサイトを炎上させることもあるが、J-CASTニュースそのものも批判の対象にされることもある。蜷川氏のエライところは、そのような「炎上」は織り込み済みで、同社の記者を励ましながら、新しいメディアとしてインターネットが起こすメディア革命のさらに激しい大嵐を待ち続けていることだ。その新しいメディア誕生前の胎動をつぶさに報告するのが本書である。

 蜷川氏は朝日新聞の元社会部記者、雑誌ではAERAの創刊を担当して2代目の編集長として今日のAERAのスタイルを作り上げたメディアプロデューサーである。新しいジャーナリズム構築を目指す、硬派のジャーナリストでもある。筆者は蜷川氏がJ-CASTを発足した時期からの付き合いである。それ以来、蜷川氏の強い志に惹かれて、親しく付き合っていただいている。何よりも驚くのは、年齢を思わせないその行動力である。また、大先輩でありながら、気持ははるかに筆者より若い。

 この本の中には、ジャーナリストとしての社会現象の冷静な観察眼、インターネットというパワフルなメディアが出現したことで認識した時代の変革と、その変革を推し進めようという強烈な使命感がいっぱい詰まっている。既存メディアの伝えないところで何が起ころうとしているのか。確かな表現力に裏打ちされて、久しぶりに心躍る、読みごたえのある本である。

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