「テンペスト(角川書店)」は那覇生まれ、石垣育ちという作家、池上永一氏の長編小説である。若草の巻、花風の巻の上下2巻。それぞれ400ページ以上の大部で、ハードカバーの単行本を開くとページを上下2段に組んだ体裁で、ボリュームはさらに増える。その前途を考えると読み始めるのに躊躇したが、思い切って詠み始めると、そのストーリー展開に惹きこまれて時間を忘れ、あっという間に読み終えてしまった。
物語の舞台は琉球王朝末期、尚育王とその息子、王朝最後の尚泰王の2代の御世。清と薩摩の双方の支配を受けながら巧みに生き延びてきた王朝に植民地支配をもくろむ欧米列強の圧力がしだいに強まってくる。海で隔てられ、隣国からの影響を最小限に防いで閉ざされた空間を教授していた琉球王朝も、もはや従来の手法では独立を守れなくなっていた。その大嵐の時期を、天才的な頭脳と美貌をもつ少女が運命のいたずらから宦官に身をやつして王朝の役人として政治の中心に上り詰める。
清とどう付き合うか、薩摩との交渉、さらに流れ着く欧州の難破船の処遇、開国を迫るペリーの来航をどのように交わすか。清と薩摩のどちらにも偏らずに琉球が王国としての独立をどのように保つか。琉球のアイデンティティを意識した思想小説として読める。しかし、その間に読者をどきどきさせる冒険あり、恋物語もふんだんに織り込まれ、また、怪異で残酷なエピソードあり、と速いテンポで物語は展開して読者を飽きさせない。
厳しいロジックを求めるなら背景とする史実にはもちろん疑問もないわけではないが、名作「鞍馬天狗」も歴史を背景とした想像上の人物であることを考えれば、小説としてなら問題はない。
筆者の興味はそうした19世紀中盤の琉球の国際環境が、今日の沖縄のものと共通点があるのではないか、という点だ。ただ、明らかな相違は、琉球王朝は自立した経済基盤を構築できないために外交術に生き残りをかけたが、今日の沖縄の現状は自立した経済基盤を背景に新しい沖縄を作り上げてゆきたいと志向していることだ。テンペストの主人公が夢見た琉球王国の理想は、変容した形ではあるが、ITと観光、そして金融という産業の育成でかなえられそうな気がする。
琉球とはどんなところか。新しい魅力的な沖縄の姿が、この小説を通じて、きっと理解できるに違いない。