私事で恐縮だが、今年初め、義理の伯母が92歳で他界した。沖縄で生まれて、戦時中に結婚して内地に渡るまで、沖縄で暮らした。親戚も多数、沖縄にいる。学校で同級だったという別の親戚の伯母に連絡をすると、電報をいただいた。そのお礼も兼ねて、先日、会議で沖縄に出張した折に、首里城近くのお宅にお邪魔したところ、庭のバラの手入れをしていた伯母は立ち上がってすぐに私の名前を呼んで家の中に招き入れてくれた。
駄菓子とお茶を出してくれて、私の茶碗が空くと、また台所に立って急須を持ってきた。あれこれと雑談をして、電報のお礼や亡くなった伯母の思い出話などをしていると、「仲の良かった同級生8人で月に一回ほど会食をしているが、みんなで懐かしく故人のことを話し合った」と語ってくれた。その際には、別の話題もあったので、うっかりとこの話を追いかけなかったのだが、那覇市役所での会議を終えて帰りの飛行機に乗った時に、ふと、さっきは妙な話を聞いた、と思い返した。
「同級生8人が月一回、会食をしている」と聞いたような気がする。聞き間違いでなければ、92歳の老婦人が8人、毎月会食をするほど元気で暮らしているのか?
過酷な沖縄戦をくぐりぬけた世代である。その残った同級生がそんなにも長寿なのか。そう言えば、台所へ立ったり座ったりの伯母も特に歩行に不自由もなかった。耳も確かで、会話に不自由はなかった。私と同世代の娘さんが途中で加わったが、彼女によると、「最近、さすがに、少し耳が遠くなったような気がする」らしい。
沖縄県はかつて男女とも全国一の長寿県だった。ジャンクフードを摂取し始めた中年以降の男子が短命化したため、男子の平均寿命は全国で中位から下位へと転落した。しかし、まだ、女性は全国一の長寿である。飛行機の中で、その長寿の実際を見たと感心した次第である。
その後のことだが、久しぶりに一泊二日の出張で那覇市に滞在し、地元の朝刊にゆっくりと目を通した。社会面を開き、下段の死亡記事を見ると、その日は2本の死亡記事。一つは101歳、もう一つは102歳。やはり長寿県である。沖縄流の食事、沖縄の気候、沖縄の文化をもう一度、生活の中に取り入れれば、再び長寿への回帰は不可能ではないだろう。沖縄の魅力は尽きないが、「長寿の沖縄」は、沖縄に職場を設け、内地から人材を招く際の輝かしい魅力の一つになるだろう。その思いを深くする。