難しい概念を使わせていただくと、「合成の誤謬」の典型なのではないか。景気が下降局面になると、自社の収益を確保するために経費を圧縮する。社内の管理部門にとっては張り切りどころである。売上増加が期待できないとあれば、ここで収益を上げるのはどれだけ経費を削減できるか。その能力を問われるところである。ところが、この管理部門の冷徹なコスト削減のメスが、個々の企業には少しずつプラスに働くが、結局、これまで相手の懐を潤してきた取引先の売り上げを激減させる連鎖を引き起こして、全体を見渡せば、大きなマイナスになる。部分のプラスを足し合わせると、実は、全体の合計ではマイナスになる、これが「合成の誤謬」の一例に見える。
そうは言っても、企業の社長は社会全体の収益向上のためだからといって、自ら犠牲になって自社の経費を増やし、赤字幅を広げるような決断は下せない。だから合成の誤謬だと言って、自社だけ、経費を増やすわけにはゆかない、と節約に走る。その節約のあれこれは紙面にも一部、紹介したが、テレビ放送ではさらに豊富な事例に出くわすだろう。
ただ、筆者の新聞記者駆け出し時代、30数年前の経営者たちを思い出すと、必ずしもそうではなかった。「人の行く道の裏を行く」という言葉をつぶやきながら、接待費を増やし、広告費を増やす経営トップがいた。接待客が絶えて、高級飲食街が大サービス価格を打ち出したころ、銀座の飲食街に繰り出して取引先や取引潜在顧客を引っ張り出して経費を肥大化させた経営者がいた。次の景気回復期に大成長を遂げた。「少ない経費で最も大きな効果を発揮するのは不況期の接待」と、この経営者は極意を語ってくれた。
同様に広告である。不況で広告が少なくなった時こそ、広告キャンペーンを張るときだというのである。単に普段より料金が安くなるというのではない。広告が少なくなった時ほど、目立つ広告になる、というのである。不況期ほど、広告投資効果比が大きいというのである。なるほどである。
不況になると一律に経費削減に走るというのは経営としては良策ではない。言葉を換えると、他の企業が経費削減に走っているからと、そのまねをするのも良策ではない。他の企業が一斉にある方向に走るときは、他の方向に大きなチャンスがぽっかりと生まれる。その決断は、なかなか普通の経営者にはできない。気の利いた経営者でなければ無理だろう。経営者は事業センスだけでトップに昇るわけではない。別のいろいろな事情でトップに上った経営者は、他の経営者のまねをして自分が経営者だと勘違いしがちである。だが、本当の経営は、他の経営者とは違う道を行くことである。不況の時には節約、というのは、管理部門の担当者が主張する責務である。しかし、経営者は別の視点から、節約すべきところとそうでないところを見分けて、大胆に「人の行く道の裏を行く」ことである。経営者の優劣の分かれ目である。