10月12―14日の3日間、青森市の「青い森アリーナ」で「地域ICTフェスタ2007inあおもり」が開催され、筆者も来賓に招かれて参加した。全国ソフトウェア協同組合(JASPA)の主力メンバーである青森県ソフトウェア協同組合の薄木理事長がこの行事の推進者でもあるので、JASPA会長として招聘されたしだいである。前日と当日朝、薄木理事長に案内されて佐々木青森市長、三村青森県知事に表敬訪問し、青森県の実情がある程度分かった。また、フェスタの会場で、最先端の情報技術の展示をみた。こうした展示会は久しぶりだったが、新しい技術の出現に少し興奮した。
初日の夜、記念の情報交流会があった。最終便で羽田に戻らなければならなかったので、スケジュールはきつかったが、薄木理事長から来賓として挨拶して欲しいという要請もあって、ぎりぎりの時簡に壇上に上がって挨拶をした。乾杯が終わって会場内はざわざわした雰囲気となり、型どおりのお祝いの言葉を述べたところで、ほとんど壇上には関心を示していないと分かった。
そこで、JASPAの組織を簡単に説明した後、JASPAが組織をあげて地域活性化のための情報産業振興活動をし、第一弾に沖縄を取り上げていることや内閣府・沖縄県の情報産業振興を目的にした委員会の座長を筆者が務めていて、沖縄は大成功している、という趣旨の話をした。このあたりから、東京から参加している総務省の幹部や富士通、NECなどの大手ベンダーの参加者が反応し始めた。
さらに、「沖縄の成功を分析すると、情報産業の集積には、魅力的な自然環境があって、その自然を基盤に魅力的なレジャー施設が完備し、さらに人の情が篤いことだ」と言及すると、挨拶のために会場を巡っていた三村知事が壇の近くに寄ってきて、自分を壇上に呼び上げてくれという仕草をしきりにする。そこで「青森県はちょうど、この条件を満たしている」とリップサービスすると、たまりかねて三村知事は壇上に飛び上がってきて、「そうだよね」と握手を求めてきた。さらに係りに声を掛けて酒を注いだグラスを筆者に渡して二人で乾杯し、「これで約束したからね」と大興奮で、会場とともに乾杯の声を上げることとなった。
ただし、青森県が「情報産業立県」に成功するには、もう一つ、条件がある。午前中に知事と話した際、知事は「雪に閉ざされた青森県で、雪の中でも出来る産業というのは情報産業しかないよね」と意欲を見せていたが、政策は何も見えなかった。「きちんとした振興施策を打つことが最低限の条件だ」と、壇上でも念を押した。
青森県は工業に出遅れた後進地域。その結果、工業社会を卒業するのに際して負の資産がない。それは沖縄や高知などと共通の強みになる。沖縄県が行った「進出企業には半年間、東京や大阪との通信費を無料にする」というような奇想天外な振興策を打てるかどうか、そうした発想力があるかどうか、青森県が「情報産業立県」できるかどうかのポイントだろう。