義理がからんで、今年10月から青山学院大学の国際政経学部という新設学部の3年生を相手に「情報倫理学」という授業をもっている。他の大学にも新たに「情報倫理学」という科目ができているそうだが、多くは「ネットワーク社会のマナー」を教えるという意味で、適当な教科書も見当たらないほどに、まだ、確立されていない科目である。たまたま、筆者が大学で倫理学科に籍を置き、修士号も倫理学の研究で取得した経歴と、社会に出てそのほとんどを情報社会の取材、報道や論説、さらに教育に携わってきたので、双方の知識があると想像されて、逃げられない形で「情報社会」の分析と「倫理」という観点からの系統的な高等教育を任された、というわけだ。
3年生以上が受講対象の科目で、新設の国際政経学部は1学年が60人ほどだとかで少ない上、今年3年生がやっとできたばかりということで、少人数のゼミのような授業ができる。ただ、困ったのは、ちょうど3年生が就職活動に入り始めたことだ。しかも、氷河期以上の冷え込みということで、学生の表情も凍結している。
「先生、これから発展する産業ってありますか?」。こういう質問が一番、難しい。情報社会の分析とそこに生まれた新しい価値観の抽出を教えても、この激動の中で、次に発展する産業については何も言えないのでは、筆者がいまだに堅持している「経済ジャーナリスト」の肩書きの名折れである。もちろん、固有名詞で答える必要はないので、「倫理学」の立場からは次のように答えている。
地球環境問題は、現代人が自分たちの欲望充足のために地球の資源を過度に使用して、子供や孫、子孫も本来、利用できるはずの地球環境を維持できなくしつつあり、子供や子孫への責任を果たせなくなりつつあることが事の本質である。現代社会はそのことに気がついて、価値観を「今生きている人類の幸せ」の追求から「将来の人類のためにも幸せ」な仕組みへの追求へと転換しつつある。「持続可能な社会」というモノサシに合わない産業は、これからは伸びられない。この基準で、どういう企業が社会とともに生きられる、伸びられる会社か、考えてみるのも一つの考え方ではないか。そういう会社がなければ自分で作ったらどうか。
メッサの組合企業は果たして、こういうモノサシで伸びる会社の条件を満たしているだろうか。現在の苦境を乗り切った後には、再び、人不足の時代が来るだろうが、そのときには、若者が企業を見る目も大きく変わっているだろう。