表題は、当たり前のことのようだが、やはり、実際に事例に当たるとびっくりする。
筆者は今年で62歳になるが、一昨年、60歳になったのを記念して、中学時代の同級生でクラス会を開いた。私立の男子校で、卒業時の同級生は50人ほどだった。名簿を作成してまず、びっくりしたのは死亡したのがたった一人で、それも30代のころに自殺した、という。病死や事故死はゼロである。
ところが、それぞれの近況報告では、がんを発病して治療した者、脳梗塞や脳溢血で倒れてリハビリ中の者、合計でおよそ10人。「ひと昔前なら、死んでいて不思議のない症状だったが、医学の進歩のおかげで命拾いした」と医療に感謝する声が続いた。検査技術や治療技術の発達で早期発見、早期治療が可能になった。医療技術の進展がなければ、この同級会は10人の冥福を祈る慰霊祭も兼ねていたかもしれない。互いに、医療技術の発展に感謝しつつ、再会の幸せにしばし、浸っていたものである。
もちろん、その検査技術、医療技術はITと密接に結びついたものである。皮肉っぽく斜めから物を観察するインテリぶった人々はかつて、「コンピューター技術が発達したって人は幸福になっていない」と批判していたし、今日でも携
帯電話やインターネットの発達について「反文明」的な抵抗を見せる向きが絶えないが、ITが着実に人々の幸福を増進している役割を果たしている、ということについては誇りに思う。
先日、沖縄出身の92歳の伯母が亡くなって、沖縄に住む同級の親戚から弔電をいただいたので、出張の折に親戚のお宅を御礼に訪れた。同じ92歳になるご婦人は、そそくさと玄関に出てきて筆者を懐かしくながめ、家の中に招じ入れた。さらに立ったり座ったりと忙しく、お茶を入れ替え、近所の弁当屋さんに昼食を注文して歓待してくれた。同級生8人ほどが近所に住んでいるので、月に1度ほど会食に集まるのだそうで、亡くなった伯母のことを皆でお悼みした、とのことである。何気なく聞いて出張目的の会議に向かったが、この親戚の同級生たちも同年代のはずで92歳のはず。沖縄戦をくぐりぬけて生き残った人たちの中からまだ、92歳になる方が8人もいることになる。それも毎月、会食に集まるほどの健康である。帰京の飛行機の中で、会話の中身を反芻してみて改めて、長寿社会になった、と信じられない思いである。
この長命の背景にも科学技術の進歩があるに違いない。
改めて、私たちは、幸福を社会に提供するITとかかわっていることを誇りに思う。目先の不況を追い払うことに今は目を奪われているが、大きな仕事の一環をになっている誇りも忘れてはなるまい。原点に立ち返ると元気を取り戻せる。