「かんぽの宿」の問題は、一向に、内容が明かされないまま、強引に幕を閉じようとする力が働いている。郵政会社のN社長がなぜ、ポストにしがみつくのか。常軌を逸している。企業組織の運営を透明化するために、つまり内部統制をきかせた組織にするために、各種の委員会を設置して経営者の行動を監視するのが、もはや企業の常識である。その最も重要なプレーヤーが株主であるのは言うまでもない。
今回の「かんぽの宿」の問題では、だれもが腑に落ちないと感じている。「きちんと合法的に処理をした」と結論だけを言われても、どのように合法的なのか、その法律が妥当なものか、手続きが公明性を確保できる保証がされていたのかどうか、など、説明を求めたいものはたくさんあって、少なくとも、株主代表だったH総務大臣が納得しないどころか、疑惑以上に「悪があった」、「こんな悪が許されて良いのか」と断言しているのだから、透明にしたら「巨悪」が明確に浮上してくる、という可能性があったのだろう。
公然となされたN社長に対する非難は、根拠なく行われたものなら、明らかに名誉棄損以上の犯罪的な言辞である。にもかかわらず、発言の撤回を求める反論もなければ、名誉棄損で訴える気配もない。元政権のK首相やT総務大臣らが裏側で、現在のA首相を何らかの言辞で揺さぶった、というような観測もなされているが、いずれにしろ、2000億円の建設費をかけたものが100億円で売却された経緯は、納得がゆくように説明してもらわなければならない。「郵政民営化は衆議院選挙で3分の2の議席を得た合法的な手続きを経て行われた」とS元官房長官はコメントしていたが、その結果が、さまざまな納得のゆかない事件につながっている。
6月16日付朝刊に掲載された読売新聞の世論調査によると、「かんぽの宿」について「一括売却手続きに問題があった」とする回答は81%に及ぶというから、これまでの「法的に問題がない」という説明にはほとんどの国民は納得していない、ということである。2000億円もの資金があれば、日本のITインフラ構築のためにどれほどの有益なことができたか。そういう比較の観点からも、あいまいにして欲しくない。残った国会の会期を使って、徹底的に究明してもらいたい。H総務大臣の「解任」同然の「辞任」は、政治の果たす役割は何か、を確認する重要な議論がスタートする号砲である。政治のモラルは死んでいないか、ここで検証させてもらいたい。