日本の輸出相手国は大きく変化している。輸出相手国としてだれでもが思い浮かべる米国は、09年、首位から陥落し、最大の輸出国に躍り出たのは中国である。リーマンショックの影響や円高での目減りで、円ベースの中国への輸
出も前年比20・9%減とマイナスだったが金額ベースでは10兆2355億円と10兆円台を維持した。一方、米国向けはさらに落ち込みが大きく、前年比38%減の8兆7333億円となって、歴史的な首位交代となった。09年は歴史に大きく刻み込まれる年となった。
もう少し時間を長くとって、東西冷戦終結後の20年ほどを振り返ると、89年には、日本の全輸出額のうち33・8%が米国向け。それが昨09年には20%を大きく割り込んで16・1%へと後退している。
これに対して、中国向けの全輸出額に占める比率は89年、わずか3・0%だったのに対し、昨09年は18・8%へと大きく拡大した。さらに、中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、タイのアジア主要国・地域の合計を見ると、
89年24・7%から09年46・1%へと拡大した。これにマレーシアやフィリピンなどを加えると、アジア地域は輸出の5割以上を占める。特にリーマンショック以降、この変化は加速し、アジアは、単に製造工程の一部を分担する貿易関係ではなく、日本経済を左右する貿易相手国に変わりつつある。日本は「アジアの一員」としてその産業構造、経済構造をもう一度作り直さなければいけない時期に到達してきている。
われわれ情報サービス産業でも同様である。低賃金のアジアIT技術者の労働力を活用する、オフショア開発一辺倒の単純な時代は終わった。発展するアジアに日本のIT技術、IT製品、ITサービスを提供する相互依存の協力関係を築いて行かなければならない。日本の人口はすでに減少を始め、国内市場だけを相手にするのでは、日本の情報サービス産業に未来はない。どのようにアジアの中で次の成長を期すか。
そのアジアの中で最も身近で注目しなければいけないのは、中華民国(台湾)である。一昨年、台湾の有力ソフト企業の日本法人「DBメーカーズ ジャパン」が首都圏ソフトウェア協同組合に加盟して、われわれにとって一段と台湾は協力しやすい国となった。全国ソフトウェア協同組合連合会(JASPA)と中華民国情報サービス産業協会(CISA)とが相互協力の提携をし、CISAの一行は一昨年、昨年と2度、来日、JASPAも昨年6月に台北を訪問して交流を深めてきた。
CISAからの挨拶の中には「世界のIT市場は、クラウドが注目されておりますが、このクラウド化の波に並行して、中国を含む中華圏ビジネスへの展開には、台湾を経由することが新しい選択肢となっております」と指摘されてい
る。まさしくベクトルの方向は同じだ。また、「日本市場が縮小するなかで、日本の品質力、台湾の中華圏マネジメント力、中国の市場という三国間での新しいビジネスモデル=「黄金三角式」が注目を集めており、CISA会員企業と具体的に協業関係を締結する企業も年々増加しております」との提案だ。
このビジネス交流会は、6月1日から5日まで開催される、世界最大のコンピュータ専門見本市「COMPUTEX TAIPEI 2010」に合わせて日程が組まれている。日本のソフトウェア企業の次の一手を考える上でも有意義な機会になるだろう。筆者も参加する予定で、日程を調整しているが、この際に、組合企業のトップとともに若手幹部の参加があれば、台湾で一晩、研修会を開いても良いかとも考えている。東南アジアのほぼ中央に位置する台北で、アジアとともに生きる日本の情報産業の未来を考えたい。