福島原発のトラブルが伝えられてから、在日外国人の一部の方の動きは早かった。インドの某大手情報サービス業の日本法人では地位の上の人から順次、他の日本人従業員には気づかれずに帰国してしまったそうだ。出社しないので宿舎を訪ねると、玄関のカギは開きっぱなし、台所は食器が汚れたままどころか、テーブルの上には食事が食べかけのまま残されていた、というから、本当かね、という思いだ。
米系コンサルティング企業では米国人幹部、フランス系企業ではフランス人幹部、日本の情報企業の多くは中国人技術者、と、震災後1週間のうちには一斉に姿を消したと言われる。「なんと薄情な」と驚き、嘆く声をあちこちで聞く。
しかし、思い起こせば、9.11の同時多発テロの際の日本企業の行動はどうだったか。米国滞在中の旅行者には帰国勧告が出た。多くの企業は半年近く、米国への出張は規制したと記憶している。留学中の子供を米国から呼び戻そうとした記憶がある人も多いはずだ。我が家でもニューヨークの大学院に留学していた長女を家内が何度も電話して一時帰国させた。まだ崩壊したWTCの埃が収まらない9月下旬に戻ってきた娘は、家内の再三の説得などかるく受け流し
て1週間後にはニューヨークに帰った。
今回も似たようなものではないか。急に姿が見えなくなったのは、本人の意志ではなく、米国本社の危機管理担当者の指示で帰国せざるを得なかった、核汚染を心配した本国の家族が心配してともかく戻れという強い声に、とりあえず戻った、ということかもしれない。本社や本国の人たちからはそう見えるほどに日本の原発事故は危機的に報道され、世界は危機的に受け止めているのだろう。だから日本製品の輸入慎重論が出てくるのである。
こうしたイメージを払しょくするには、これから、大変な努力が必要になる。現に、もぐらたたきのように、あちらこちらと噴出する危機的状況に振り回されて対応策を打ち出す原子力関係者の姿がCNNの画面には映し出される。「原発暴走」は収束の見通しすらないのである。「全力を尽くす」というだけで、収束の手だても明確でない。
被災地を除けば、首都圏も正常な姿に戻っているが、海外からは、日本はそのように見えない。かつて、われわれも米国や中東について、あるいはサーズの中国に対して同様の激しい措置を取らなかっただろうか。その当時、相手国の人々は、今日、われわれが薄情だと思う外国人ビジネスマンや技術者に感じるのと同じ感情を、きっと抱いていたに違いない。
ただし、あちらこちらに日本救済のチャリティの催しがあり、台湾や韓国でも一日で巨額の義捐金が集められたと聞く。一時帰国した外国人ビジネスマンや技術者、留学生も次々と帰ってきつつあるようだ。むしろこうした方々に深い感謝を表し、いつか、逆に我々の方から、この恩に報いるように心に刻まなければなるまい。