菱洋フォーラム 2003年8月10日
住民基本台帳ネットワーク(以下住基ネット)の議論が第2段階を迎えつつある。第一ラウンドは、住基ネットの安全性が保証できないという不安感を指摘するグループの声がマスコミを制圧して、全国各地で住基ネットの運用開始への不安が広がった。その結果、いくつかの自治体で自治体間をつなぐ全国レベルの住民基本台帳ネットワークへの接続を拒否するところが出た。横浜市のように、住民の情報を住基ネットにつなぐことを住民自身に選択する方式など、形を変えた反対論の主張もある。
しかし、これらの議論は、事実誤認に基づく感情論が支配していて、こういうことでネットワーク社会の進行が阻害されることはきわめて残念であるし、コンピューターやネットワークに対して、あまりにも侮蔑的であることには憤りさえも感じる。これに応じる行政側の姿勢も本道を忘れた現状調整の対策に終始し、社会をリードする使命感が希薄のように受け取れる。
まず、第一の争点は住基ネットの内容である。反対論の側の完全な誤解のポイントは、住基ネットは、氏名、住所、生年月日、性別の4情報しか、取り扱わない、ということである。現在の住民基本台帳でも、この情報は開示されている。年齢・性別を問わなければ、住所と氏名などは、隠すべき情報に当たらない。年金受給や各種の福祉制度を利用するには当たり前のように届出を行っているから、それ自体ではどこにも従来の仕組み以上に問題になることはない。この4情報は、制度的にも、物理的にも、他のシステムとは切り離されて管理されている。これを結び合わせるかどうかはというのは、別の議論である。中には、これに利用する住民番号をもってして、「人間が固有名詞ではなく、番号で呼ばれることになる」などという信じがたいほどの間抜けな議論をする人もいたが、これは論外で、いまではその議論は聞かれない。そういうことを主張していた人が、相変わらず、反対論の前線にいるのだから、反対論の底の浅さは推して知るべしだが。
第二のポイントは、この住基ネットが、インターネットを通じて情報が漏洩し、プライバシーが侵されることがありうるか、の議論だ。反対論者は、いくつかの自治体でインターネットと住基ネットがつながっていると主張しているが、この主張は、各自治体の庁内LANがインターネットとつながり、かつ、住基ネットと庁内LANがつながっているのだから、インターネットを通じて住基ネットの情報が洩れる恐れがある、というもので、長野県の諮問委員会だか、なんだかが声高に主張したので、一緒になってマスコミが取り上げたので、誤解を拡大させることになってしまった。結論から言えば、とんでもない勘違いで、そもそも庁内LANがインターネットにつながっていることをもってして、だれでもが自由気ままに庁内LANの内部のデータにアクセスできるとしたら、これは大事である。もちろん、厳しいファイアウオールで防衛している。これを突破して、さらに庁内LANとの間で厳しい制約のもとにつながっている住基ネットまで到達することが出来るならば、庁内LANの内部にあるさまざまな情報が危機に陥る。乱暴な言い方で語弊はあるが、そうなったら住基ネットどころではない。住基ネットをインターネットからの攻撃は、まず、庁内LANとインターネットの間のファイアウオールで防御する問題である。この議論そのものが無意味なものである。
第3の問題は、個人情報保護の問題。反対論の主張は、住基ネットの施行は、個人情報保護法の成立が前提だった。その個人情報保護法が成立しないうちに住基ネットを走らせるのは危険である、というロジックである。この問題は、6月末に同法が成立したので、問題は解決した。
こういう議論で、逆に問題なのは、反対論の主張の強硬さに恐れをなして、官庁側が、住基ネットでできることを最小限に限定してしまったことである。電子政府は、ネットワーク社会の中で、国民がその便益を享受するように推進され、その要素の一つに住基ネットがある。現在の制約の中では住基ネットの効果的な活用ができるかどうか、きわめて疑問である。他のネットワークとの接続を大幅に緩和して、ネットワーク社会にふさわしい電子政府のあり方を追求すべきである。行政官庁が住基ネットに対してみせる弱気な姿勢こそ、ネットワーク社会のもつ意味を理解していないのではないか、と、疑問に思う。電子政府のビジョンを議論する中で、もう一度、生産的な住基ネットの議論を期待したい。
菱洋フォーラム 2003年8月10日