ベンチャーをどう育てるのか ~勘違いの報道

菱洋フォーラム 「ベンチャーをどう育てるのか ~勘違いの報道」

菱洋フォーラム 2003年10月6日

 中国の開発区にある「テクノセンター」という会社にジェトロ(日本貿易振興会)の職員が出資をしていた、という記事が朝日新聞に掲載されて、ジェトロも経済産業省もこれを問題視し、該当職員を処分する、という記事である。続報では、商工中金の副理事長も出資者になっていることが判明したそうである。未公開株式の取得で、しかも、高率の配当を三回にわたって受けていた、という内容である。

 「未公開株」「高率配当」「準公務員」などの字が見出しに躍っていると、大変な悪事が露見したかのような錯覚にとらわれるが、この記事を冷静に読んでみると、このジェトロ職員のどこが大きな問題なのかがよく分からない。それどころか、この記事は日本の将来を考える上で憂うるべき価値の混乱が見える。

 この記事をじっくり読むと、ジェトロや商工中金の内規では「取引に直接からむ」相手企業の株式の取得は禁止しているようだが、この職員たちとテクノセンターには、禁止規定にあるような取引関係にない、という。それでは、問題がないではないか。ところが、記事では、従来のルールでは取り締まれないので、倫理規定を変え、これを禁止する条項に改訂する、というのである。

 この記事を素直に読むと、ジェトロ職員、商工中金職員とも、禁止されていないことをやって、どこが問題なのか、疑問が湧いてくる。しかし、一般の読者は、新聞の論調が、いかにも悪事が露見したように書いてあるので、うっかり、この職員は悪いことをしたのだろう、と思い込んでしまう。そういう記事構成になっている。巧みである。規定に反したことをすれば罰せられるのは当たり前だが、この職員たちはルールに照らして不正な行為はしていない。

 一つだけ、この職員たちが批判される論拠があるとすれば、他の投資家たちは知る機会が少ない出資話を、たまたま職業として知るチャンスがあった、という不公平であろう。ただ、これも注意しないといけない。新聞記事は巧妙である。

 記事の中には「譲渡」とある。一見、ただでもらったのか、と錯覚するが、実は、40万円で株を購入している。高率配当というが、配当は15%。株式配当としては普通だろう。この職員の出資額で計算すると、一回、6万円の配当である。三年間で三回にわたって受けた、というので、三年間、合計で18万円である。40万円を出資して18万円ということは、まだ22万円、出資したままである。この取引ではジェトロの職員は利益を得ているとはいえない。株式は、その企業の業績しだいで、配当がなくなり、倒産すれば紙くずになってしまいかねない代物である。残った22万円が返ってくる保証はない。

 記事は、かつて起きた「リクルート事件」と同様だというニュアンスだ。しかし、大きな違いがあるのを見落としてはいけない。リクルート事件のときに関係者が購入したコスモスの株は「短期間で上場する可能性があり、上場すれば大幅に値上がりする可能性が極めて大きい」という状況で、かつリクルートという大企業がバックにいて経営が行き詰まる可能性がほぼなかった、という意味で株を購入した人々にとっては「儲け話」だったと理解されていたと想像される。ところが、今回の出資は、中国で産業振興に奮闘する企業の財務基盤を固めるための、初期ベンチャー企業への援助出資の色彩が濃いという点である。いつ行き詰まるか分からない中小企業への投資である。

 「日本の将来を考える上で憂うる」と冒頭に記したのは、この記事は、一般的に「エンジェル投資」を不可能にしかねない要素を含んでいるからだ。「エンジェル投資」と言われるのは、スタートして間もない財務基盤の脆弱な初期ステージのベンチャー企業に対しては、その社会的な意義を認める周辺の人々、親・兄弟、親戚、友人、知人、取引先などの人々が、リスクを覚悟して出資する投資である。ある段階まで育つと、投資育成会社やベンチャーキャピタルが投資をしてゆくが、株式公開に至るまでは、関係者以外には投資する人はいないのである。

 今回のケースでは、「エンジェル投資」よりは少し成熟度が進んでいたので、出資者たちを単純に「エンジェル」とは思えないが、記事は、この付近の理解は全くないので議論は一緒くたになり、こうした、ベンチャー企業を育成する現代資本主義の仕組みそのものを否定する価値観を持ち、これを押し付けている。背景にある価値観は、公務員は資本主義に参加してはならない、という資本主義否定の価値観である。

 ちなみに、この企業への出資者のリストの中に朝日新聞の経済部記者が含まれていたが、朝日新聞社の内規には「経済記者は取材関係にある企業に出資してはならない」という項目があるそうで、この社員は処罰されるそうだ。規則があるなら、その違反は内部で処罰すればよい。しかし、ジェトロ職員、商工中金職員はそれぞれの組織のルールに抵触していないのだから、朝日新聞の内規を彼らに押し付けることはできない。

 ベンチャー企業が日本経済復活の活力になる、というのは産業界、経済界共通の認識である。IT産業もベンチャーを育てるために様々な工夫をしているところだ。情報産業だけでなく、あらゆる産業にこの芽がある。いかに育てるか。こういう基礎知識をもっていない資本主義否定論者が、理解不足のまま横暴な記事を書き、それに日本社会が振り回されるのは、実に困ったことである。

菱洋フォーラム 2003年10月6日

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