地域通貨は定着するか

先見経済 「地域通貨は定着するか」

先見経済』 2002年9月18日

 地域通貨(エコマネー)の実験が各地で行われている。円を機軸にした日本の全国通貨体制とは別に、特定の地域だけで通じる価値交換手段として、「地域通貨」を発行する、というものだ。一部の経済学者からは、資本主義的な金融システムが崩壊の危機にある中で、これを補完する新しい経済システムの登場だという期待の声も上がっている。果たして、どこまで普及するか。その効果はいかなるものか。実態に迫ってみる。

 地域通貨をめぐって、ここ数ヶ月に、いくつか大きな動きがあった。

 ▼8月下旬、かつての炭鉱の町、北海道・栗山町は、時ならぬ旅行客の訪問でにぎわった。地域通貨の国際サミットが開かれたのである。英国、カナダ、イタリアなどの世界各国や日本各地の地域通貨の推進者を中心に三百五十人以上の参加者が集まった。栗山町の宿泊施設では間に合わず、結局、列車で1時間以上かかる札幌まで宿舎を手配する騒ぎだった。この国際サミットの冒頭、竹中平蔵経済財政担当大臣は、地域通貨のもつ可能性を指摘し、サミットの開催地である栗山町に対し、「地域通貨をテーマに、構造改革特区の名乗りを挙げたらどうか」と提案した。
 ▼7月。社会経済生産生本部は専門委員会(委員長・加藤寛千葉商科大学学長)で日本の経済システムの補完の仕組みとして「地域通貨」を導入すべきだとする提言をまとめた。加藤委員長は、二〇〇五年までには二〇%程度まで地域通貨が浸透するのではないか、と、信認が薄らぐ気配のある現在の通貨を補完してゆく新マネーの普及に期待を述べている。
 ▼東京・世田谷で、地域通貨をテーマにした「構造改革特区」の提案「いい・こみゅにてぃ」構想が発表され、産・官・学の推進団体がスタートした。日本の「地域通貨(エコマネー)」の提唱者である加藤敏春国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授がリーダーになって推進するプロジェクトである。通信関連の規制除外のほか、地域通貨実験の障害となるプリペイドカード発行の規制など、「マネー」を保護するための規制の例外地域として、新しい経済システム構築の実験地域とする提案が行われている。

 「地域通貨」とは、地域だけで通用する価値交換の仕組みで、これまでに日本国内だけで北海道・栗山町、東京・多摩ニュータウン、神奈川県大和市、兵庫県・宝塚市、愛媛県関前村、大分県・湯布院など百六十の地域で実験が行われている。地方自治体が推進母体になっているところもあれば、商店街組織、あるいは地域の青年グループ、老人グループなどのボランティアグループが中心になっているところもある。自治体と商店街、地域のボランティアグループが組織を作っているところもあり、どの形態が成功するのか、まだ、結論は出ていない。

 形状は、小切手のような「札」もあれば、ICカードでポイントを交換する「カード方式」、図書館の書籍貸し出しの紙のカードのような記入方式(「大福帳方式」)など、さまざまなものがある。一定の地域、限られた会員しか通用しない、などの制約から、通常の通貨ではなく、日本銀行でなくても発行できる。
 
 「円」に代わる通貨の呼び名(単位)も、「クリン」「ラブ」「ピー」「ZUKA」など、さまざまである。北海道・栗山町のクリン、兵庫県・宝塚市のZUKAなどは町の名前からとったもので、千葉県・千葉市西部地域のピーは千葉県の特産品であるピーナッツからとっている。地域を象徴する名前でコミュニティの結びつきを強める狙いがある。  普通の通貨とは利用場面が少し違う。メンバーの間で肩こりや靴磨き、お年寄りの移動の手伝い(車での送り迎え)、お年寄りの介護、地域の草むしりや清掃、寒冷地では雪かきの手伝い、屋根の雪下ろしの手伝い、お年寄りの側からは昔話、子供の世話などに利用できる。これまではボランティアで行ったことに、感謝の気持ちとして、地域通貨で支払うというわけである。こうした「サービス」で獲得したポイント(地域通貨)は、今度は同様のサービスを他の会員から受けることに使うこともできる。

 メンバーの商店などでも、物品の購入金額やサービス料金の一部として使うことができる。実質的な割引券である。美容院でのカット料金の一部をこの地域通貨で交換することや喫茶店のコーヒー代の一部に利用する地域もある。また、メンバーの商店では、買い物袋を持参した会員には、「ビニール袋を使わずに資源の節約に貢献した」として地域通貨を支払う地域もある。これは経済活性化というよりも、地域の環境を良くするために住民が協力する、というコミュニティ再生の狙いがある。環境を改善する活動を促進するという意味合いでエコロジーマネー(エコマネー)と呼ぶ。

 提唱者である加藤教授によると、地域通貨の目的には、①地域コミュニティのつながりを回復する(エコマネー)、②地域経済を活性化する(商店街のポイント制など)、③現行の通貨の補完として経済の失調を支える新たな経済要素を提供するという三つの流れがある。日本では、①と②の二つが主流である。神奈川県大和市では、市役所発行の住民ICカードを、商店街でも通じる地域通貨として利用させる。

 ③の動きは、スイスの地方銀行で、地元の中小企業の振興のために地域だけで通じる通貨を発行して大成功している事例があるが、日本では、まだ出現していない。

 こうした通貨の信認を得ることも必須条件だが、日本では、信用力のある経済主体がまだ本格的に参加してきていない。今後は、発行主体がどこまで地域での信用を得ているかが決め手になる。

 加藤寛千葉商科大学学長らは、地域通貨を発行できる能力をもつ、地域の信用主体として郵便局の可能性に期待する。郵政民営化の際に、同時に地域通貨発行の主体となってゆけば、地域における新しい郵便局の機能を生み出すことができる、と見ているのである。世界経済の影響を受ける本物の通貨が、世界的な経済混乱に巻き込まれると、このために地域経済や地域の生活まで混乱する。こうした通貨とは独立した地域通貨ならば、地域経済を守り、生活を守り、コミュニティを守れるのではないか、というのである。

 地域通貨壮大な実験である。


先見経済』 2002年9月18日

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