『先見経済』 2002年11月11日
情報サービス市場の成長力が衰えていない。「情報サービス」は、コンピューターのソフトウエア開発やネットワークを利用したソフトウエア提供サービスなどのソフト関連ビジネスだが、コンピューターが大型からパソコンへと転換し、さらにネットワークと連携して大規模システムへと進展するのに応じて、開発需要が拡大し、国内の開発要員だけでは間に合わなくなってきた。ただ、不足しているのはシステム分析やシステム構築能力のある高度技術者である。
情報サービス市場の拡大を象徴するのは、株式公開企業の増大である。新規企業が上場しやすいように新取引市場が出現し、ルールを緩和したこともあるが、この3年ほどで情 報サービス産業に分類される株式公開企業は三倍に膨れ上がり、ざっと二百三十社に達している。最も上場企業の多い業種である。これまでは電機業界やサービス業界などさまざまな業種の中に分散されていたために一大勢力になったのが分かりにくかったが、来年春には業種分類が変更されて、情報サービス産業の巨大さが実感できることになろう。
二〇〇一年の国内市場規模は、およそ十四兆円。この十年、おおよそ前年比六-一〇%の成長を遂げている。今後も同様の高水準の成長が見込まれる。
企業全体を、情報システムを基盤に再構築するERPの採用、インターネットの登場による企業間のネットワーク取引の拡大、消費者のネットワーク購買の増大、社員の情報共有化・知識の共有化への激しい動きなど、企業がシステムを高度化する需要は尽きない。また合併や提携、事業部門の売買に伴って、システム統合も焦眉の急の開発案件として登場する。さらに電子行政である。遅れてきた行政分野も、中央、地方自治体とも急ピッチで情報システムの導入を進めている。
ネットワークの高度化によって、セキュリティ対策も重要になっている。社会生活、経済活動がネットワークに依存する比率が高まるにつれて、システムトラブルは大きな損害を与える。米国機関の調査によると、二〇〇一年にシステムトラブルによって企業がこうむった損害の総額は千七百五十億ドルにのぼると指摘されている。
営業が停止するなどによって被る直接的な損害ばかりでなく、そのことによって企業の株価が下がり、時価総額が減少する間接的な損害も入れると、日本円に換算して二十兆円に近い数字がはじき出されることになる。スポーツ用品のナイキは、SCM(サプライ・チェーン・マネージメント)がうまく稼動しなかったために営業収入が落ち込み、株価が下がって数十億円の時価総額減少という損害を受けた。
システムトラブルを起こしたときのバックアップやネットワークからシステムを守るセキュリティシステムの構築など、付帯システムの開発も規模が大きくなっている。
景気後退から、設備投資抑制のあおりを受けてハードウエアの投資は手控えるものの、競争力を高める戦略的な情報システム開発や頑丈なセキュリティを確保するためのソフトウエア開発は不可欠である。新規のハードウエア導入は控えても、すでに導入したコンピューターやネットワークを安全に稼動させるためのシステム開発作業は手を緩めることはできない。
こうしたソフトウエア需要の膨張に対しては、単独企業向けの独自開発ソフトの依存を減らしてパッケージソフトウエアの利用を増やす、ネットワークを通じて利用するときだけ借りる「ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)方式の採用、さらに米国からのソフトウエアパッケージの輸入などで応じようとしているが、基本的なところで開発要員は不足している。
海外からのソフトウエア輸入は、日本のコンピューターシステムは「日本語」を取り扱わなければならない、という「文化障壁」が立ちはだかっている。この「文化障壁」があるために国際競争にさらされずに情報サービス産業が国内で成長できたのだが、その分、人材不足で情報社会進展のネックになりかねない。
その開発力不足を補うのに現在、情報サービス業界が力を入れているのは、中国、インド、韓国などのソフトウエア技術者を日本で雇用することである。もちろん、中国、インド、韓国などの現地企業に開発作業を委託することは以前から始めている。このアジア諸国への海外委託はさらに増大しているが、これに加えて、現在、大きな潮流になりつつあるのは、日本の現場でこれらソフト開発者たちが共同作業することである。中国、インド、韓国のソフトウエア会社が相次いで日本に現地法人を設立して共同開発作業を進めているほか、大手の情報サービス会社は直接、こうした外国人技術者を採用し始めた。ある大手企業では、七百人のSEのうち六十人に達したという。
インド、中国、韓国、タイ、ミャンマー、インドネシアなどとは、情報処理技術者試験の相互認証制度を確立し、現地国の資格を取れば、相応する日本の技術者資格を認めることになったため、入国のための就労ビザが取得しやすくなった。この結果、この一、二年で外国技術者のラッシュとなったのである。これらの技術者は給料の高い日本での就労を目指して熱心に日本語を学んでくるので、仕事は日本語で進むという。
問題は、日本国内でこうした情報処理技術者養成への機運が低いことである。日本ではこれらの高級ソフトウエア技術者に育つ可能性のある四年制大学・理系卒業生が年間一万八千人程度なのに対し、インドは年間十万人の卒業生、中国は毎年十二万人の理系大学卒業生を輩出し、これらの人材のほとんどが、高収入の得やすいソフトウエア技術者を目指している。人口の違いはあるが、それにしても国民が総中産階級である日本でのソフトウエア技術者養成の力不足は否めない。
若年の失業者の大量発生などと社会では大騒ぎになっているが、一方では、近隣アジア諸国から人材を輸入しなければならないほどに人材は払底している。いま、ここにあるビジネスを発展させることが壁にぶつかっている以上、人材不足が明らかになっている情報サービスの人材育成に関わる新規ビジネスへと、企業の方向を転換していかなければならないのではないか。それが日本全体の二十一世紀の方向でもある。
『先見経済』 2002年11月11日