『先見経済』 2003年6月2日
ブロードバンド時代に何が変わるのか。仕事のスタイルが大きく変わるとは指摘されてきたが、実際に、いくつか、目に見えるようになってきた。従業員の削減策を考える際にも、ブロードバンド時代に対応できるスキルを身につけなければ従業員も容易に退職プログラムには応じてこないが、そうしたスキルを身につけさせる仕組みも多様化してきている。
NTTグループの長距離会社、NTTコミュニケーションズが新会社を設立し、契約社員数がすでに五百人と業容を急拡大させている。事業内容は一種の「コールセンター」で、自宅、ないしはサテライトオフィスに出向いて、ユーザーからかかってくる電話での問い合わせに答える仕事である。
問い合わせの内容は、同社のインターネットサービス「OCN」のユーザーからのインターネットに関するトラブルの問い合わせだ。いわゆる「ヘルプデスク」のオペレーターである。だれにでもできるのか、というと、実は、それほど簡単ではない。インターネットのある程度の知識がなければ難しい。同社では、OCNのユーザー層が広がるにつれて、インターネットの初心者が利用するようになって来たため、使い初めの初期のトラブルが多くなってきた。当然ながら、問い合わせに応じるためのヘルプデスクのオペレーター不足に陥り、インターネットのあるレベルの知識を持つ人材の確保が急務となった。
そうは言っても、募集に応じてきた人がある程度以上の知識を持っていなければ採用はできない。その派別をどのようにすれば良いのか。これを人事部任せにせずに、広く一般的な「資格認定制度」にしたのが、NTTコミュニケーションズの巧みな戦略である。同社は自社に有用な人材を育成するとともに、その受験のためのテキスト販売や受験料で事業収入を得られることになる。
NTTコミュニケーションズが展開している資格検定制度は、「ドット・コム・マスター」と呼び、この夏で五回目の試験になる。これまでにざっと十万人が受験して二万八千人が資格を得たと言う。資格は三段階を準備し、星の数でレベルの上昇を示している。
現在は、二つのテスト・認定しか実施していないが、今年中には最高レベルの資格テストを行う予定でテキスト作りを進めている。現在までに実施しているのはインターネットの知識をテストして、初歩的な知識をもつ★(シングルスター)と、より上級の知識を身につけた★★(ダブルスター)。
合格者の中から、同社のインターネットサービス「OCN」のユーザーからの「ヘルプデスク」業務の仕事ができる可能性があるので、受験者としては勉強の目標ができる。ざっと受験用のテキストをのぞくと、それほど簡単なものではない。ヘルプデスクのオペレーターとして、電話で相談に来るユーザーが陥っているトラブルの原因を探り当て、適切なアドバイスを与えなければならないので、知識の分量は大変なものである。いろいろな場合を想定して、設問のレベルは高い。
実際に、専門学校や大学の情報教育の一環として採用しているケースで見ると、合格率は高くない。地方の国立大学の工学部で授業の一環として受験させたところ、二百人が受験して、合格者は十数人、合格率が一ケタ台に終わってしまったそうである。工学部の学生ですら、こんな状況である。実際にパソコンに触れ、インターネットを使いこなした経験がないと、頭だけでテキストを読んでも理解できない。仮に、テストで正答が得られても、現場のヘルプデスクの業務の中では立ち往生してしまうかもしれない。
現役時代、会社の仕事でパソコンを使っていたOLが、結婚で退社後、子供が少し手が離せるようになったので、社会に復帰したい、とか、定年退職後、何か資格を持ちたいと言う男性ビジネスマンOBが真剣にテキストを学習し受験したケースが、比較的、合格率が高いようである。こうした「社会の隠れた資源」が、この資格制度で浮上してきている。
こうした主婦やビジネスマンOBにとって、在宅で仕事ができるのは、きわめて条件に恵まれている。ブロードバンド環境があれば、高速通信が低料金・定額で利用できるので、在宅で時間を気にせずに思う存分に問い合わせサービスに応じられる。正しくSOHO型の仕事である。この資格制度は在宅勤務の就業形態を大きく促進しそうだ。 同資格の受験生の分析では、ざっと十万人の受験生で、そのうち三〇%が合格している。サラリーマン、家庭の主婦、定年を控えたビジネスマンなどのほか、教員、学生も多く、最低年齢は十一歳である。レベルは高いが、パソコンに慣れ、きちんと勉強して行くことで難関は突破できる。
★は自分で自宅やオフィスでインターネットを受信、利用できる環境を設営できる知識レベル。他人の相談にも乗って上げられる。NTTコミュニケーションズでは、各企業内部で★をもつ社員を増やして、インターネットをフルに活用できるビジネス環境を整え、また地域でもインターネットのスキルが高い人を養成して、インターネットを生活に活用できる環境を整えることを狙っている。
★★になると、小規模なLANを自分で構築し、安定して継続運用でき、情報発信能力をもってビジネスとしてインターネットサービスを展開できる。SOHOとしてインターネットの質問に答えるビジネスや教育、コンサルタント、通販やネットビジネスを立ち上げることができるレベル。
今年の秋に制定する計画の★★★(トリプルスター)は、ビジネスとして中小企業のユーザーなどに、インターネットが利用できるLANなどの環境を構築するサービスも可能な技術レベルである。地域にこうしたサービス会社を展開して、個人企業者として自立することを想定できる。こういう資格取得者が、企業、地域のIT利用の底上げを可能にし、ブロードバンド時代を演出する役割を果たすことになろう。
OCNのヘルプデスクの需要ばかりではない。今後は、ソフトウエア会社の商品販売やサービスをする「IPコールセンター」や通信販売会社のサポートなどの新しい市場が生まれ、企業を独立した個人事業者が在宅で活躍する場所となる。こうした新しい労働市場が開けるとなれば、資格を取得して現在の職場を退職して独立する従業員を送り出すことができる。
企業のスリム化を計画する企業にとっては、こうした外部の資格制度も視野において社内制度の整備をする必要があるのではないか。
『先見経済』 2003年6月