住基ネット

先見経済 「住基ネット」

先見経済』 2003年8月15日

 電子政府構築の重要な構成要素となる住民基本台帳ネットワークは、昨年夏に猛烈な抵抗の中でスタートし、難航してきたが、どうやら本格的運用のめどが付いてきた。住基ネットは日本のネットワーク社会、さらにこれを高度にしたユビキタス社会を推進してゆく重要な基盤である。現在は、反対派に極端に譲歩した厳しい制約条件付きの運用だが、これにとどまらせて置くのは、日本の資源の無駄遣いだ。これを、社会生活を豊かにする手段として利用しなければならない。新しいビジネスもそこから生まれてくるだろう。

 住基ネットは、昨年夏までに全国各自治体で住民基本台帳のデータベースを作り、都道府県ごとに集約し、相互に連結して住民基本台帳ネットワークシステムを構築するはずだった。基本台帳に載せられるデータは氏名、住所、生年月日、性別の四情報だけで、住基ネットだけをみれば、従来の紙のデータ内容と変わらない。

 これに住民個々の識別番号を付与することが、すべての議論の元になっている。住民番号を通じて個人情報が漏洩する危険がある、というのが反対論の根拠だが、「個人情報の危機」という議論は過度に誇張された議論が多く、ここでは、深入りはしない。ただ、住基台帳そのものは従来も閲覧ができる内容であり、ネットワーク化によって個人情報が外部に漏洩する云々は無意味な議論である、ということ、ネットワークは強い監視下に置かれ、罰則規定も強化されているので、これまでよりはるかに個人情報の危機は軽減されていることだけを指摘しておく。

 さて、激しい反対があるにもかかわらず、住基ネットの利用は、着実に前進があった。今年の四月からは、いくつかの行政手続で住民票の写しの提出が不要になった。たとえば、パスポートの交付申請、建設業の技術検定の受検申請,宅建取引主任者資格の登録申請などが準備の整った都道府県から実施された。

 また、恩給受給者が毎年提出する受給権調査申立書に市町村の証明を受ける必要がなくなる。共済年金、戦没者遺族等援護年金の受給者が毎年提出していた現況届または身上報告書の提出が不要となる、などの利用である。従来、住民票交付のために印紙を購入しなければならなかった負担(自治体によって二百円から三百円程度)もなくなる。

 この八月に住民基本台帳カードの交付が始まった。このカードの所持者には、便益が提供される。このカードには、顔写真付きのものもあり、身分証明書の代わりにもなる。運転免許証を持っていないと、大企業や大組織に入っていない限り、顔写真付きの身分証がなく、日常生活に不便することがあった。その不便が解消する。

 平成十五年度中に実施が予定されているのは、住基ネットからの情報をベースに行う「公的個人認証サービス」である。インターネットで行政手続を行う際、第三者による情報の改ざんの防止や通信相手の確認を行うサービスである。ネットワークがつながることで全国どこに住んでいてもサービスを利用できる。

 公的個人認証サービスによって、大半の行政手続をインターネットで行うことが可能となる。

 同年度中にその対象となる手続きは戸籍抄本の交付請求、住民票の写しの交付請求、婚姻届・離婚届、住民基本台帳カード保有者の転出届、所得税の確定申告、パスポート交付申請、国民年金・厚生年金の裁定請求などである。

 住民側にメリットがあるだけでなく、行政事務の簡素化による自治体側の事務効率向上の効果も大きい。

 ただ、問題は、住基ネットを利用するサービスに厳しい制約を課していることだ。現状では、住基ネットに接続できるのは、法律で決められた特定の行政手続のみで、他の行政事務に利用しようとすれば法律を改正する国会の承認が必要になる。実に厄介である。さらに、民間のネットワークとの接続は禁じられている。

 理由は、個人情報漏洩・プライバシーの保護を強調する反対論を考慮して、当時の自治省側が住基ネットの使用を制限することにしたためだ。これでは、宝の持ち腐れである。

 ネットワーク社会で難しいのはネット上での個人確認である。たとえばインターネット通販などのネット取引では、取引相手が正確に確認できて、なりすましや詐欺などの不正取引を防止できることが重要である。その個人確認の方法として、公的個人認証サービスを活用できれば、ネット取引を発展させる推進力になる。

 住基ネットでは、最初から民間の接続を禁止しているので、個人確認に利用できない。膨大な投資をしながら、民間の利用を封じ込めては、せっかくの宝の資源を腐らせるだけである。

 もう一つ、住基ネットにこうした制約があるために住民基本台帳カードも、民間サービスとの併用に制約ができる可能性がある。

 今のところ、総務省の説明では、基本台帳にある情報とは分離することで安全性を確保し、この同じカードに、各種の機能を盛り込むことができる。総務省が想定しているのは、救急医療を受ける際にあらかじめ登録した本人確認情報を医療機関に提供するサービス、商店街での利用に応じてポイント情報を保存し、これを活用するサービスだが、銀行カードやレンタルビデオ店での会員カード、アスレチックジムの会員カードなどの事例は挙がっていない。

 これも宝の持ち腐れである。いろいろなポイントサービスが出現して、カード入れは、会員証カード、医療カード、クレジットカード、銀行カードでいっぱいである。ネットワークに入る入り口が細かく、たくさんありすぎる。これをどうにかしなければ、ネットワーク社会は進展しない。

 いま、こうした制約を解くために新たに法律を作るべきである、という動きが出始めている。問題点を摘出し、冷静に議論を進めることが重要である。


先見経済』 2003年8月

これまでの掲載

中島情報文化研究所 > 執筆記録 > 先見経済 : 住基ネット