ブロードバンド基盤の農業変革が始まった

先見経済 「ブロードバンド基盤の農業変革が始まった」

先見経済』 2003年11月 14日

 農業が大きく変わり始めている。バイオ技術の進展で農作物の栽培法が進展したのに加えて「ブロードバンド」と「ユビキタス」の急速な発展だ。特にブロードバンドの浸透によって、ここまで農業が変わるのかと、目を見張らされるものがある。もちろん、農業までが変わるのだから、「ブロードバンド」と「ユビキタス」のインフラの構築によって製造業・流通業・サービス業も激しく変わらざるを得ない。農業の現場の変化を観察しながら高度情報社会に突入して何が変わろうとしているのか、考えてみよう。

 やはり、ブロードバンド基盤の上に農業革命は起こっていた。

 11月初旬、群馬県の山奥、いくつもの山道とトンネルをくぐってようやく、車は激しく煙が立ち上る広場に到達した。年に一度の「火渡り」の行事である。無病息災を願う老若男女が、白装束の行者姿の男たちの祈祷と気合いの中で、まだ真っ赤に輝く薪の上を裸足で歩いてゆく。間近に迫った冬を前に、足裏から熱を浴びて身体を頑健に鍛えておく伝統の行事である。

 実は、伝統の行事の横で、全く新しい農業の実習が始まっていた。庭園作りの学校「フローム・フーチュア」を主宰するガーデンデザイナー、神田隆氏が指導する農業体験実習の作業である。上空高く煙を吹き上げる焚き火の旋風で肌が熱いほどの隣接した畑で、堆肥のすき込みの実習だ。牛糞や鶏糞、ふすま、木屑などの有機培地に植物活性効果が認められる「アープト・トーマス・オルガ菌」を培養した有機堆肥である。農家向けには「ガーデンラバーズ」の商品名で出荷し始めた新しい農法だ。総勢十人ちょっと、全国各地の農家から新しい農法の習得に来ている。

 根付きが早く、丈夫で味の濃い農作物ができるが、さらに病虫害に強いことも確かめられている。病虫害に強いため、農薬が不要である。化学肥料も不要である。畑からレタスを採って、かじってみる。濃厚なレタスの香りがする。にんじんを抜いて付近の泉で洗い、生でかじる。果物のように甘い。

 農薬散布や化学肥料散布の作業がないので、農作業は極めて軽減される。その結果、指導マニュアルを習得すれば、「兼業主婦」でも、広い農地で栽培ができる。参加している実習の一団には女性が多く見られる。子供づれの主婦もいる。生産性が高い、バイオ技術利用の農業である。

 バイオ技術の上に、これからはネットワークが威力を発揮することになる。

 神田氏が指導する農家が栽培する無農薬の農作物は、すでにレストランや食品会社の食材として業務用に販売され始めているが、このルートを拡大するとともに、今後、インターネット通販を通じて販売してゆく計画だ。生産者-消費者一体の産地直送のビジネスを確立する。これがブロードバンド利用の第一の側面だ。「ガーデンラバーズ」の有機堆肥を利用する無農薬栽培野菜のブランドが産地直販の決め手になる。実は、神田氏は、ガーデンデザイナーとして単に植栽や庭造りだけでなく、栽培指導、その調理法の指導などを通じて、高級食材供給、高級調理指導の分野では熱烈な人気を集めている。このファン層が経営するレストランや食品会社が商品の顧客層になるとともに、インターネット通販を広める伝道師役を果たすことになりそうである。

 第二の側面は、農家への指導である。味の濃い、無農薬の商品のブランドを維持するためには、栽培方法もきちんと指導に従ったものでなければならない。これを体験的に学習するのが農地での実習だが、全国の農家から呼び集めてたびたび、集合研修するわけには行かない。その間を補うのが、e-ラーニングである。ブロードバンドを通じて、映像による農作業の講習を行う。神田氏は地方のテレビ局で農業研修の番組に出演しているが、その経験をベースに学習番組を作成して参加する農家にアクセスしてもらう。

 また、逆に、農家の作業の様子を映像で撮影させて、指導の成果が出ているか、その指導通りの作業が実践されているかを点検する。無農薬のブランドを維持するために、農作業の内容をきちんと管理する必要がある。映像をふんだんに使える最先端のブロードバンドを駆使するビジネスモデルである。

 最後に、トレイサビリティ・システム(生産履歴情報開示システム)である。農作業の記録を蓄積し、インターネットを通じていつでも消費者、流通事業者の求めに応じてアクセスできるようにする。「安全・安心」農業の追求である。

 同様に無農薬の農作物をインターネット経由で販売する動きは各地で起こりつつある。埼玉の農家「たばたファーム」は、今年の五月、無農薬の米、野菜類をヤフーオークションや楽天を通じて販売を始めた。「無農薬」のキーワードで多数のユーザーから問い合わせを受けた。モニターを募集したところ、期間内に二千三百人の応募があったという。その通信欄には、子供がアトピーやアレルギーの持病をもつこと、化学薬品や農薬を使わない農作物を求めていることを切々と訴えてくるという。

 これまでの市場を通じて農作物を販売しているときには届かなかった消費者からのメッセージである。大事な人の健康や命を預かる仕事であることを痛感して、生産者としての使命を確認したという。無農薬、有機作物は、商品を売るための手段ではなく、消費者の切実な思いに応える義務である。田端講一代表はサラリーマンから農業への転進組みだが、インターネットのホームページはシステム技術者である息子さんの製作である。国内のシステム産業が成長するにしたがって、農業関係者にもコンピューターやネットワークの知識を豊富に持つ人材が育っている。農業はブロードバンドを深く取り込み、生産、流通の双方から、根本的な地殻変動を起こそうとしている。

 特に、生産者が消費者と直接に会話を交わすことによって農業の向かう方向が変わる。インターネットの出現によって、農作物を消費者に直接に販売することが可能になり、生産者は消費者の要求を敏感に反映する「消費者主導ビジネス」に大きく転換した。


先見経済』 2003年11月

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