パソコン時代はいつまで続くか

先見経済 「パソコン時代はいつまで続くか」

パソコン時代はいつまで続くか 先見経済


 果たして「パソコン」という商品は永遠なのか? こんな議論が真剣に交わされている。遠い将来の話ではない。ここ数年のうちにITの主役の座からパソコンが追放されかねない、というのだから黙視できない話である。もっとも追放されるのは「主役」からだけで、従来の情報システムは生きて行けるという議論らしいので一安心だが、どうやら、情報技術をベースにした世界では、なにやら大きな構造変化を起こし始めたようである。

 議論の発端は、どうやら情報技術の発展の中で「ケータイ」をどこに位置づけるか、というところにあるらしい。たかが電話の発展形でたいしたものには成長しないと思われていた「ケータイ」が、急速にコンピューターの機能を取り込み、テレビの機能を取り込み、さらに財布や定期券の代わりを果たすなど、「パーソナル」機器として存在感を深めている。このままではパソコンの存在を脅かすのではないか。


 ここまでは冗談交じりによく議論されてきたことである。

 しかし、なぜケータイがパソコンを脅かすのか、その本質を尋ねたときに問題の奥行きが深いことが分かってきた。「ケータイ」はソフトを入れ替えれば何でもできる汎用目的のパソコンに比べると応用範囲はそれほど多目的でない。汎用的なパソコンのうちの機能のいくつかを制限して取り込んできたが、この先、どんどん汎用的になるか、というとどうもそうでもなさそうだ。

 むしろ、専用目的を達成するには、特定機能をもつ専用機が登場してきそうである。情報技術はさらに小さな半導体で飛躍的に機能を向上させ、そのコストも劇的に安くなることが予想される。またネットワークの高速化、料金の低下によって、すべてを端末で処理しなくても、どこかで処理した結果だけを受け取ればよいようなユビキタス環境が出現する。


 現在の延長線上にある「ケータイ」である必要はない。特定目的の専用機器にソフトウエアを組み込んで(エンベッド)、効率よく特定機能を果たしてもらえばよい。つまり、次の時代は、ネットワークと連動するソフトウエア組み込み型(エンベッデッド)機器が商品の主役になる、という結論である。

 さまざまな機器にソフトウエアが組み込まれることになると、問題はそこで発生するソフトウエアのライセンス料である。

 現在のパソコンでは、基本ソフトである「OS」は米マイクロソフトのほぼ独占状態である。この延長線上で、マイクロソフト社はパソコンとも連動性が良いというウインドウズ系の組み込み型OSを提案している。

 しかし、組み込み型機器は膨大な数量が出るので、これを開発するメーカーとしては、マイクロソフト社に多額のライセンス料を支払うことになる仕組みには消極的だ。
現在のパソコンとは連動しなくても、ライセンス料が安いOSを使えないか、これを模索し始めている。実は、それが、ありそうだ。

 少なくとも有力候補は二つある。一つはライセンス料金無しで使える「オープンソフト」の代表格である「リナックス」。最初の開発者であるリーナス・トーバルスがその情報をすべて開示して、自由に改良も許しているソフトウエアである。その代わりにリナックスを改良して利用する人はそれを公表する仕掛けで、どんどん改良が進行する仕掛けになっている。

 組み込み型にする場合には、その中から最もん便利そうなものを探し出して改良を加えて使えばよい、ということになりそうだ。すでにできているものに改良を加えるということになれば、商品開発期間を短縮できて、コストも大きく下げることができるだろう。


 この考え方から、リナックスを基礎にして組み込み型機器の商品開発を始めているメーカーはすでに数多くある。これまではどのようにネットワークと連携をとるか、あまりアイデアは豊富とは言えなかったが、IPによるブロードバンドネットワークが急速に発達している日本では、新たなネットワーク応用機器がこのソフト組み込み型で大量に誕生してくる可能性がある。

 さらにTRON(トロン)である。坂村健・東京大学教授が提唱する規格で、すでに携帯電話や自動車エンジンの制御用OSとして利用されているが、元来が組み込み型ソフトウエアとして設計されているので、各種の機器に急速に広がりつつある。坂村教授は無償で技術情報を公開しており、ライセンス料を気にせずに利用できるメリットがある。

 マイクロソフトも、組み込み型機器の流れがパソコンから大きく離れることを警戒して、坂村教授との協力関係を築いているが、トロンが浸透すれば、将来はパソコンの延長線上に描いてきた家庭用機器、オフィス用機器の多くの商品がまったく違う性格で発展することになるかもしれない。


 ただ、従来のオフィス用に普及しているパソコンは、すでに事務処理の標準システムとして定着しているので、その仕組みが短期間に大きく変わることは考えられない。従来のパソコン分野は依然として維持継続されることになるが、従来のように新たな分野を次々と開拓し、市場が高度成長を遂げる、ということを期待するのは難しいかもしれない。

 一九八〇年代にパソコンが登場してからすでに二十年以上が経過した。一つの商品の寿命が三十年とすれば、パソコンは商品サイクルとしては成熟期に達している。単独利用のパソコンがネットワークと接続して使うネットワーク機器に変化したので、商品寿命が延びたように見えるが、実は、情報技術の進展スピードの速さを考慮すると、パソコンの寿命を三十年と考えるのはあまり合理的ではない。むしろ、もっと短くて当然。それがケータイの登場ではっきりしてきたと言えるが、本当のライバルはケータイではない。

 ここで詳述したように、パソコンを情報システムの主役の座から追い払うのは、ネットワークと密接に連携する専用機器であり、その機器に組み込まれる「組み込み型」のソフトウエアである。

 しかも、組み込むべきソフトウエアは家電商品、音響製品、事務機器などの分野でのアプリケーション技術を使用するものである。これらは日本の産業界の得意分野。パソコンからソフト組み込み型機器への主役の交代は、日本産業界の際飛躍のチャンスでもある。

先見経済』 2004年9月13日

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