住基ネットを妨げるものーーもっと活用しよう <『先見経済』
「住民基本台帳ネットワーク」や「住基カード」について、あちらこちらから苦情を聞く――それで何の役に立つのか? まだ、苦情を言う人は良いほうで、すでに関心を失っている人は「住基カード」の存在すら知らない。大きな投資をして作ったシステムがなぜ、ここまで冷笑されるのか。実はネットワーク社会を進展させる強力なエネルギーを備えているにもかかわらず、それを活用する仕組みになっていないのが原因だ。この眠れる「巨人」を揺り起こすことができるのか。
住民基本台帳ネットワークは、もちろん、住民の利便のために構築された。住基ネット構築を要求したきっかけは、引越しをしたときの不便だ。引越しをすると住所変更の届けを地元の役所に提出する。国民年金や国民保険に加入している場合は、同じ役所であるにもかかわらず、別の窓口に行って、住所変更手続きをしなくてはならない。運転免許証の住所変更に最寄の警察署に行かなければならない。パスポートの住所変更は法務局である。
ガス、水道、電気、銀行の口座やクレジットカード会社への連絡と住所変更の申請だけでしばらくは忙殺される。同じ旧住所と新住所を繰り返し記入する。こんなバカバカしいことはない。どこか一箇所で変更届を出したら、後は、自動的に住所部分を変更してくれるシステムができないか。これだけネットワークが発達し、コンピューターが発達しているのだから、仕組みさえ作れば、こんなことは簡単ではないのか。これが電子行政の第一歩である。
住基カードは、IC機能によって使用する個人を厳格に認証する仕組みを作ることができる。住所や氏名を記入する書類は、このカードの情報から自動的に移転させられる。何か新しい申請をしたり会員になったり、銀行の口座を開設するなどの際に、いちいち住所や氏名などのデータを書き込む必要は無い。しかも、この情報は窓口の担当者には見られないように機械から機械へと移転するようにすればプライバシーは、より安全に守られることになるだろう。
IC機能には、最近では指紋や虹彩、顔の骨相などの生体情報を入れることで、個人の特定が正確にできるようになる。
しかし、その住基カードがまったく普及しない。なぜか。本来、目的としたはずのその効用が殺されているのが一つの理由だ。
住基ネットは不幸な生まれだった。「国民総背番号制」であるとして、プライバシーを犯すもの、というレッテルを貼られ、反対派の総攻撃にあった。このため、住基ネット法案を通過させることにのみこだわった自治省(現総務省)は、ひたすら、住基ネットを他の行政ネットワークとは結合しない制約を設け、さらに、民間のネットワークによる利用を禁ずる規則を策定した。
これでは、そもそもの目的である、行政手続きや民間での個人の証明の際の簡便性は失われてしまう。実際、住基カードなどは、住民票を取得する時に多少は便利になるかもしれないが、他の使い道はあまりないように見える。
自治体によっては、住基カードで個人の特定が確実にできる機能を使って、インターネットを通じて納税の申請をする際の個人認証手段に採用している。「住基カードでオンライン納税を」というわけである。
いずれ住基カードを使えば、電子投票ができる仕組みも登場するだろう。さまざまな行政の場面で個人を証明する機能は生きてくるはずである。韓国の電子行政ではさまざまな申請案件について申請者が、その案件が現在、どこまで進行しているかをインターネットで確認できる「行政事務のトレーサビリティシステム」に利用させている。これで行政の怠慢が防ぐことができ、行政サービスが著しく向上した。個人認証ができるカードが普及するかどうかは、行政機関側でどのようなアイデアを工夫し、住民側がそれを理解するかにかかっている。
ところが、その肝心の自治体行政窓口が、住基ネットに熱心でないところがある。
知人からこうい話を聞いた。住基カード発行のために区役所に出向いたが、「住基ネット」の看板も文字も、もちろんポスターも見当たらない。どこへ行ってよいのか。案内係が住民票の窓口に行ってくれ、というので、その番号の窓口まで進む。そこまで行っても「住基ネット」の文字は一向に見当たらない。
各種の申請書類が置いてあるテーブルにも住基ネットに関するものは見当たらない。長い列に並んで、ようやく「住基カード」の発行を申し出ると初めて申請書が出てきた。隠していたのか?
写真入りのカードを希望すると写真が必要だという。しかし、庁舎内には証明書の写真を撮れる施設はない。最も近いのは駅の向こうのスーパーの自動撮影ボックスだという。事前に、住基カードの申請の仕方が分かるような案内はどこにもない。パンフレットもちらしも、ポスターも見当たらない。窓口まで来て初めて写真が必要なことに気がつく人も多いはずだ。もっと早く教えてほしい。駅向こうに行って写真を撮り、庁舎に戻ってようやく手続きを完了した。
その後にも問題はあった。住基カードと一緒に黄色い説明書をもらった。驚いたのはその内容だ。住基カードでどういうことができるのか、の説明が書いてあるのかと思ったら、「住民基本台帳カード使用にあたっての注意」というこのちらしには、恐ろしくなるような「注意」の羅列である。
「暗証番号の入力ができないと交付等の受付ができません」「暗証番号を他人に知られると・・・・・などの危険があります」「三回連続して間違えると住基カードは使用できなくなる」「次の事項に該当する場合、住基カードは使用できなくなります」――住基カードは厄介ですよ、と言わんばかりだ。
こうした一部の行政窓口の態度や役所の側での説明不足。もっと効用がある仕組みにしてもらわなければ困る。日本の電子行政は第一歩からつまずき、e―Japanで世界をリードしたインフラも「宝の持ち腐れ」になりかねない。
『先見経済』 2004年10月13日