先見経済4月号 「オールIP」への常識の転換 『先見経済』
情報通信技術が社会インフラを大きく転換させつつあるのに伴って、現行の価値体系と未来の価値体系が激突している。渦中にある現行の体系を正確にとらえるのは難しいが、未来の価値体系についてのイメージはおぼろげながら描くことができる。「オールIP時代の新たな常識」とでも特色付けられる。ニッポン放送をめぐるライブドアとフジテレビの抗争の本質は、実は現行・未来、両体系の「文明の衝突」にほかならない。底流で何が起きているか、企業経営にも重大な意味を提示してくれる。
ライブドアとフジテレビの争点の一つは言うまでもなく、「会社はだれのものか」である。
急速に欧米標準に転換しつつある企業統治の変化を先取りしてライブドアは「会社は株主のもの」と割り切って、事業目的に合う企業があればどしどし買収して自社の事業フォーメーションを構築して行く。その資金は上場時に市場から調達した資金、増資によって得た資金などである。
基礎技術や応用技術、あるいは顧客や市場をもつ既存企業を買収し、さらにベンチャー企業を次々と買収してきたのが、ソフトバンクや楽天、ライブドアなどの急成長ベンチャー群の手法である。
買収する相手は株式公開企業と限らない。通常は非公開の企業を掌中に収め、時には公開企業にも手を伸ばす。
これらのベンチャーに資金調達力を提供した新興市場が形成されていなければ、こうしたダイナミックな手法は登場しづらかったろうが、規模を考慮しなければ日本になかったわけではない。かつては東急や西武なども同じ手法で事業を拡大したのは周知の通り。大日本印刷やダイエーなども同様である。「日本の経営手法に馴染まない」というのは当たらないが、欧米型の企業統治論が後押しして、勢いがついたのは否めない。
守るフジテレビの側が頼りにする「日本型統治」は「会社は従業員のもの」「会社は顧客のもの」「会社は取引先のもの」という考えである。有力取引先にTOBに応じてもらって株を譲渡してもらい、従業員にライブドアが株主になることに反対声明を発表させる。「従業員に株主を選ぶ権利がある」という主張に触れるのは初めての経験である。株式を公開した以上、従業員が株主を選ぶことができるのだろうか。
ここに「株主派」対「従業員・取引先・顧客派」との全面対決の構図が見える。ついでに指摘すると、後者は、「会社は経営陣のもの」という「日本型統治」の常識がほのみえる。これまでのような株主を軽視してきた「経営陣による支配」の常識が挑戦状をたたきつけられた、とも言える。
しかし、もっと大きな「文明の衝突」は、情報通信インフラの激変に伴うビシネスモデルの興亡である。情報通信インフラの劇的進展は、通信コストの劇的な低下を引き起こした。
その結果、足元を直撃されたビシネスは、情報伝達が本業である固定電話や携帯電話などの通信産業はもちろん、本質的に情報ビジネスだった金融業界(お金は価値の交換のための情報である)、株式の売買情報を取り扱ってきた証券業界、予約という情報管理業だった旅行代理業、そして物流と情報流通のセットでビジネスをしてきた流通業界にも、そのインパクトの波が押し寄せつつある。
当然、情報伝達ビジネスである放送業界は今後、その波が直撃することになる。現行の放送業界のビジネスモデルとは何か。安いコストで、ある地域、ある周波数帯の電波を独占使用する権益を収益の道具としてきたことである。しかし、その前提条件は大きく変わってきた。大量の情報を高速で配信する技術とインフラが普及し、そのコストが劇的に低下してきたとなれば、その
ビジネスモデルは大きな修整を迫られざるを得ないからである。
今回の激突の本質はここにある。新興IT勢力は放送を絶対視していない。高度に発達した情報通信プラットフォームを前提に、その「端末」に接続される機器としてすべての製品のコンセプトを再構成しなくてはならなくなった。
たとえば、冷蔵庫の本質は「食品を冷暗所に長期保存する」ための保管庫である。インターネットが普及して、冷蔵庫はネットワークにつながるようになった。しかし、既存の冷蔵庫しか理解できない関係者には変化はたいした問題には見えない。食品を冷暗所に長期保存することとインターネットにどのような関係があるのか。「インターネットも評判ほどたいしたことない」と一笑に付されるのが通常である。
もちろん、これは大間違いである。いま、目の前に開示されている状況は、まったく違う風景である。インターネット、ブロードバンドのさまざまな特質がまず、前提条件である。そのネットワークの上で、冷蔵庫はどのように位置づけられるのか。
冷蔵庫はネットワークに接続される最終倉庫になる。野菜は農園で栽培されるが、現在ではパソコンを含めてコンピューターで生産計画が立てられ、天候などを勘案しながら肥料や農薬が散布され、その作業記録は克明にコンピューターに記録されているが、この記録はいずれネットワークを通じて消費者がいつでも閲覧できるようになるだろう。
どこで閲覧するかといえば、ネットワークにつながる最も消費者に身近な場所、つまり冷蔵庫である。冷蔵庫にはディスプレーが装備されて、農産物の生産記録を見るだけでなく、生産者とテレビ電話機能で会話をし、場合によっては映し出された新鮮な野菜をその場で産直注文することも可能になるだろう。
冷蔵庫は最終倉庫である。どのような食品が在庫されているかは、スーパーや食品店、あるいは新たに誕生する食品コンサルタントなどの専門家が管理し、料理のアドバイス、不足品の発注などをしてくれるかもしれない。子供のアレルギーや成人病、高齢者の健康状況などをモニターしながら、最新の知識を基礎にして栄養指導するサービスもこの冷蔵庫を拠点にして行えるだろう。肥満防止の体操を指導し、カロリー計算もする。
産直に顧客を奪われかねない地元スーパーや食品店はこの冷蔵庫に装着したディスプレーをテレビ電話にしてお得意さんから御用聞きする。通信料金は定額で使い放題になる。それを前提にした家電製品に生まれ変わる。
こうしたサービスを行うコンテンツ作りの能力はどこにあるか。これはテレビ放送局がもつ技術である。テレビもネットワークを前提にした新しいサービスへと根本的なところから変革されるだろう。テレビ放送はネットワークの中のサービスの一部に過ぎなくなる。そこに至って、初めて今回の抗争の本質が見える。
『先見経済』 2005年4月1日