内田洋行『 inkSpot』 2002年10月15日
連日、ノーベル賞の受賞で新聞もテレビも踊った。小柴昌俊東大名誉教授の時には、3年連続受賞ということがニュースだったが、実は、それほど驚きはない。すでに10年以上も前から候補に上り、受賞者発表の時期には毎年、マスコミが自宅に押しかけて、その連絡を待っていた。小柴さん自身が、これを思い出話に語っている。最初の時にはマスコミ陣のために寿司を30人前も頼んだが、寿司が届いたときには落選が決まってマスコミ陣が引き上げた後だった、とおおらかに笑った。マスコミは落選したところに押しかけたことは、ちっとも報道しないので、こういう事態だったことは今回初めて知った。
問題は、島津製作所の田中耕一主任研究員のケースだ。本人も寝耳に水だったようだが、マスコミも事前に予想していた形跡はない。受賞者の発表があってから追っ捕り刀で島津製作所に駆けつけた様子がありありと見えた。田中さんが作業服姿で大勢の記者に囲まれて会見に臨んでいる姿は全国のお茶の間に流れた。さらに面白かったのは、会見の途中で携帯電話のベルが鳴り、スイッチを切るのかと思ったら、何と会見中だというのに電話に出て、その後、「家内からかかってきて」と言い訳する光景だった。全く、マスコミ慣れしていないドギマギぶりだ。恐らく、奥さんのほうも、押しかけるマスコミ攻勢にどう対応して良いか分からず、必死で田中さんに指示を仰ごうとしていたに違いない。いや、マスコミのスクラム取材には、かないませんね。
実は、産業界のノーベル賞候補には、毎年、別の人の名前が何人か上がっていた。大手の電機メーカーに勤務する大物研究者である。日本のITの水準の高さを示す、絶好の機会になる日本が誇る研究者たちだ。今年も、彼らのところには多数のマスコミ陣が待機していたと思う。しかし、受賞者は予想もしなかったところにいた。
もちろん、どちらが優れた業績だったか評価するのは難しい。今年は、生体内部のたんぱく質の構造を分析することがクローズアップされたので、たまたまこの分野で業績を上げていた田中さんが芋づる式に浮上してきたようだ。田中さんには運も大きく手伝ったと言えよう。それにしても、こうした流れをなぜ、マスコミは読めなかったのか。
これはノーベル賞の選考過程にも関係しているのではないか。その過程はなかなか分かりにくいところがあるが、自薦、自薦で、ロビー活動をしている噂も聞かないわけではない。政治家などの受賞には、どうもそういうにおいがするし、某高名な宗教家が受賞のために裏活動を必死にしている、という話ももっともらしく伝わってくる。大手企業の受賞候補者も、そうした活動があるので、有力視されるのだろう。マスコミもその動きの一環として情報を流され、有力とされるところに押しかける、という構図だ。
しかし、今回の田中さんの受賞は、こういう裏での活動なしに、正当な評価がされている、ということを証明するものでもある。マスコミも、意図される情報に振り回されるだけでなく、自分たちで技術を評価できる目を持たなければ、これからも毎年、空振りの待機を繰り返さなければならないだろう。
内田洋行 『inkSpot』 2002年10月15日