「日本語言い換え語」の「賢と愚」

「日本語言い換え語」の「賢と愚」

内田洋行 『inkSpot』 奇論・暴論 2003年8月18日

国立国語研究所は、なじみの薄い外来語を日本語に置き換える「言い換え語」について、第2弾の中間発表を行った。第一弾として発表された中には、医師が患者さんに病状を説明しながら合意の下に治療を進める「インフォームド・コンセント」を「納得治療」と置き換えるなど、62語が発表されたが、今回は52語62例の言い換えだそうだ。この作業を見ていると、外来語を受け入れる日本社会の賢さと愚かさが同時に見えてくる。

 発表された言い換えの一覧表をみると、確かに無意味な外来語が使われているケースも多く、日本語に言い換えたほうが良いものもある。

 「コア」などは国語研の言い換えどおりに「中核」と置き換えてほとんどのケースは妥当するだろう。「コアメンバー」は「中核メンバー」で十分に通じるし、理解も深まる。ただ、メンバーまで一律には言い換えられまい。メンバーは「会員」だったり、「組合員」だったり、「構成員」だったり、その時々に適訳が変わる。「中核会員」「中核組合員」「中核構成員」など、適宜、状況に応じて言い換える言葉が変わるが、「メンバー」を使わなくても表現は可能だ。「メンバー」は日本語として定着したので、あえて日本語にしないでも済ますのが普通だが、定着度を判定するのはまた一仕事だ。業界によって、分野によって定着度合いが異なるからだ。「メセナ」も「文化支援」が分かりやすい。「ケーススタディー」は「事例研究」のほうが字数も少なくて分かりやすい。

 しかし、カタカナのままでも良いではないか、と思うものもある。特に、外来語である英語を、同様に外来語である難しい漢字の熟語に置き換えて良し、とする傾向があるのは、どちらもどちらである。「マルチメディア」を「複合媒体」と言い換えることにどれほどの意味があるのか。「媒体」とはそもそも何か。それが複合するとはどういうことか。ますます混乱するばかりである。「バーチャル」を「仮想」と言い換えたとして、どこまで理解できるか。「バーチャルリアリティ」を「仮想現実」としても、やはり、分からない人にはさっぱり分からない。

 誤解を含むものもある。「ベンチャー」を「新興企業」と言い換える提案は、「ベンチャー」がもつあえて危険を冒してでも挑戦する意欲的なニュアンスがなくなって、すでに一大勢力を形成しつつある成功した企業という誤った印象を与えかねない。

 今回の話題は「ユビキタス」だが、これを「時空自在」とするにしてもどれだけの人がわかるものか。およそ必要のない人にまで「ユビキタス」を理解させようということ自体が無意味である。ユビキタスは、どこでもネットワーク環境を利用できるほどに、無線・有線のインフラが行き渡る、というように理解したほうが実用的だと思うが、漢字の熟語で表すことに無理がある。そもそもが、神様が世界の隅々まであまねく存在する状態を表すそうだから、そういう「神」の概念がない文化では、熟語にならない。「時空自在」というどの道、分からない熟語にするなら、「情報基盤の遍在」とでも言い換えたほうが良いだろうが、そうも行くまい。

 筆者の経験では、かつて日本経済新聞記者時代に、「フロッピーディスク」を漢字で書き直せとデスクから要求されて困ったことがある。「フロッピーとは何だ?」「ふにゃふにゃと柔らかいことです」「ディスクは何だ?」「円盤です」「それなら簡単じゃないか、やわらかい円盤、なんでそう書かないのだ」。これは実話である。危うく、フロッピーディスクが「柔らか円盤」と表記されそうになった。後に、新聞社の中にも専用ワープロが普及し、3.5インチのフロッピーが使われるようになってくると、くだんのデスクが、「おい、中島君、フロッピーディスクは固いではないか」と文句を言ってきた。言葉は、少しずつ進化するので、元の意味からは遠く離れてしまうこともある。一律に「カタカナは使うな」などと無理に言い換えをすることは考え直したほうが良い。


内田洋行 『inkSpot』 奇論・暴論 2003年8月18日

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