「リスク管理」不在の効率追求の現実

「リスク管理」不在の効率追求の現実

 7月中旬に発生した新潟中越沖地震は、高齢者を中心に痛ましい犠牲者・被災者を多く出したが、もう一つ「リスク管理」の多くの教訓も残した。


 いうまでもなくその一つは原子力発電所の対応である。東京電力の震災時対応の準備ができていなかったことである。被災した発電所施設内でどのような障害が起こるのか、十分な想定ができていなかったのだろうか。個々に生じたトラブルに対して、ほとんどリスク対応はできていなかった。放射性物質にかかわる原子炉施設は頑強で、その堅牢さは十分だったと判断して差し支えない状況だったが、周辺で起きた多数のトラブルが不安を呼び、原子炉施設の堅牢さへの疑問を防ぐことができなかった。


 また、事態は核汚染にかかわるもので、最悪の場合には一国家内に止まらず、地球規模の国際的問題に発展する重大な問題であるにもかかわらず、日本の行政による早急な事態解明や「安全宣言」の表明が行われなかったこともリスク管理としては最悪である。東京電力という一企業の対応の問題ではない。原子力発電所建設の認可を含め、運用・監視は国家の責任で行われているので、こういう事態に直面して、当事者は東京電力を超えて日本国そのものである、という認識を持つべきだった。国民への安全宣言、外国への情報発信は緊急に取り組むべき政府の責任である。原子力を管理する以上、国はその責務を全うして欲しい。一民間企業で持つべき責任の範囲を越えていた。


 もう一つのリスク管理の問題は「セカンドソース」の確保が行われていなかったことである。有力な自動車部品工場が被災し、日本の自動車業界が部品欠品により、一時、操業を停止せざるを得なかった。在庫を持たない管理がコストを削減する、一箇所に集中することによってコストを削減する、こういう効率優先の生産体系が、災害にはいかに脆弱で、今後、重要な内部統制項目になる「事業継続性」の観点では落第であることが明白になった。道路、鉄道などでの被害は局部的で、今回はマヒ状態に陥らなかったが、地震の発生場所や規模によっては、部品供給がさらに長期間停止し、日本の有力産業である自動車生産が機能麻痺に陥りかねない危険をはらんでいた。


 なぜ、一工場に生産を集中するような体系になったのか。もちろん、効率優先ではこの方が正しい仕組みである。しかし、災害時に事業を回復できない仕組みは、長期的にはかえって非効率なのである。その教訓を残した。


 もちろん、情報システムにかかわるビジネスマンは、この事態は他人事ではない。情報システムのあり方にも教訓を残した。DR(ディザスター・リカバリー)サイトの重要性である。コスト高で短期的には非効率に思えるDRサイトの配置も、長期的には効率的な仕組みとなる。また、それなくしては、災害にも強く、長期安定的に事業継続を行える「安心して取引できる企業」と認定されなくなる時代も近づいている。企業はDRサイトの構築に真剣に取り組むべきである。


 今回、情報システムの設計について残した教訓は重大である。

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