昔は「井戸塀政治家」と尊敬された人格者もいた。政治活動や庶民のために私財を投げ打って、最後は井戸と塀しか残らない、という意味だろうか。そういう財産家しか政治の道に進めないのも、今日なら問題だし、その資産で選挙民の票を買ったのか、と指弾もされかねない。しかし、政治で金儲けをしない、投げ打った資産で社会悪を撲滅しよう、貧困層を救おうとした誠心誠意は、今の政治家にぜひとも見習ってもらいたい精神である。
安倍改造内閣の閣僚や政務官などの要職にある政治家に不明朗な資金支出、不正申告、不祥事が存在していることが早くもマスコミで大問題になっている。組閣までたっぷりと時間をとって、厳重な「身体検査」をしたはずの新布陣だったが、それでも抜かりがあったのか。
テレビ番組で、ある政治評論家が、現在の政治家で、ここまで厳しい審査をされて、果たして合格する者が何人いるのだろうか、と疑問を呈していたが、だからといって、「この程度の不正は見逃しても良い」というロジックにならないのが政治家の宿命である。政治家を志す以上、最低限、守らなければいけないルールは、一般国民よりもはるかに高いレベルでなければならない。もし、そうでないとしたら、政治の世界の浄化がもう一度、必要である。
現在の政治家の特色は「2世」「3世」の世襲議員の多さである。かつては官僚出身、労組出身と、社会でもまれて多彩な人脈と豊富な経験を積んだ人が政治家になって活動してきた。しかし、今や、セレブなブランドとしての政治家志望のサークルができ、政治家の子弟の周囲に取り巻きが群がって政治家をおだて上げ、あるいは政治家になる予備校までができている、というのが日本の政治を取り巻く大勢のようだ。もちろん、2世、3世の方にも大政治家に成長するにふさわしい人も散見されるが、派手に横行するのは「政治家ごっこ」や「総理大臣ごっこ」の「ごっこ遊びの」自己満足ばかりのように見えるのは筆者の偏見だろうか。
繰り返していえば、2世、3世の政治家の方にも、父親や祖父の生き様を継承し、社会の矛盾の中から鋭い問題意識を抱えて議員に立候補して多くの支持を受けながら政界に進出した人格者もいるが、残念ながら少数派といわざるを得ない。テレビ番組に出演して知名度が高いというだけで議員バッジをつけられるという風潮のほうが上回っている。
こうした現状を打破する手段として、かねて、インターネットが期待されてきた。多くの国民の声を結集できる場所、新しいメディアとして強力なパワーがあるはずだと、宣伝されてきた。ところが、今までのところ、期待通りの機能を果たしているとも思えない。われわれはどのような社会を作ろうとしているのか。個人的な生活にちんまりとまとまったブログやSNSに満足することなく、大きな社会潮流、政治潮流を形成する Web2.0をぜひとも待ち望みたい。