一時期、「参議院『盲腸』論」が盛んに流行したことがあった。衆議院優越で、予算も条約も、首班指名も、衆議院さえ通過してしまえば、後は参議院が反対しても決まってしまう。なくても同じではないか。あるだけ無駄である。真面目にそう信じていた人も多かったのではないか。
これに異を唱える論は、「参議院『良識の府』説」を主張していた。それで参議院に業界団体代表、芸能界代表のタレント、労組代表などが送り込まれてくるのにかつては違和感がなかった。しかし、いつの間にか参議院も『政党の府』になってしまった。タレント議員も「党議拘束」に従い、大臣の座を争うようになって、つまり『良識』を失うようになって、衆議院と変わらない状況である。これでは『盲腸論』も『無用論』ももっともなことのように思えた。
ところが今回の選挙で、参議院が盲腸でも無用でもないことが分かった。参議院の政党シェアが衆議院と同じならば有効性が見えなかったが、与党過半数割れで衆議院と構造が変わってしまった。参議院選直前に与党は衆議院で強行採決を繰り返して「参議院無用」を見せ付けたが、今回の選挙で、良識かどうかはともかくとして、与党独裁の強行政治に対しては、参議院がそのブレーキ役を果たせることを認識させてくれた。実は、橋本政権が参議院選挙で党勢が後退した責任をとって辞職した前例があり、参議院での審議そのものではなく、参議院選挙の結果が「政権信認投票」の意味があることが認識されていたはずである。安倍退陣も、結局は「政権信認投票」に敗れたのが本当の理由だが、当人がそれに気づかずに突っ張ったので、惨憺たる不評の中で政権を放り出さざるを得ない恥の上塗りをすることに追い込まれてしまった。
今回の事態で参議院が『良識の府』を証明したとは思えないが、定期的に行われる政権信認投票の機能を立派に果たしたということは評価してもよい。とはいえ、情報社会は着々と進展し、われわれ情報社会推進の勢力は近い将来、電子投票システムを完備させるつもりだ。そうなれば、『政権信認』はもっと手軽な別の方法でもできる。そのためだけに多数の議員に歳費を支払っているのではもったいない、やはり不要だ、という『無用論』が息を吹き返さないとも限らない。そうならないように、参議院の議会の場ではぜひとも、国民に納得の行くような実りある議論をしていただきたい。