良い事なのか、悪い事なのか――もし日本人がそれを行えば、きっと日本国内では議論が分かれるだろう。あるいは一部の人からは、悪い事に決まっているとお叱りを受けるかもしれない。ここしばらく、聖火リレーのニュースを見るたびに、もし日本で開催されるオリンピックだったらこんなことができるだろうか、としばらく考えさせられた。
多くの国で中国国旗を持った中国人の留学生と思しき人々が沿道に集まってきていた。青いユニフォームを着た「フレーム・アテンダント」という屈強な青年もなかなかの迫力である。各国の政府を説得して聖火とともに併走する姿がテレビ画面に映った。日本も最初は「不要」と断っていたような気がしたが、当日になると、果たして、青いユニフォームが画面を飾った。途中で人物が違っていたから、交代で、かなり多くの人数が投入されていたのかもしれない。
日本も再びオリンピック誘致に動き出しているが、このような国威発揚が可能だろうか。国内をお祭り一色に塗り上げることはできるだろうが、海外に住む日本人をここまで動員することは不可能ではないか。
もちろん、こうした大量動員を可能にしている裏側の仕組みは、インターネットによる情報伝達力の威力だろう。日本もネットワークによる情報伝達力では他の国に負けることはないだろう。海外に住む日本人に満遍なく情報伝達する仕組みを作ることは難しくないような気がする。しかし、問題は伝達された情報に鼓舞されて日の丸の国旗を持って沿道を守る人がどれほどいるかである。場合によっては乱闘に発展するかもしれない危険な最前線である。
そうした結束力がないことが、逆に、日本の自由主義の良さ、国家に拘束されない民主主義の良さ、と主張するのが、現在の日本では主流かもしれない。ただ、そういう結束力のある国とそうでない国が競争したときにどちらが勝つのか、という観点から見ると、いささか慄然とする。情報ネットワークを充実させるだけでは、先進国中で最下位に没落した国際競争力を早期に回復するのは難しいと痛感させられた。
情報化の次に何をすれば良いのか。課題は山ほど待ち構えている。