地に落ちたモラル=事故米の食用転用の現実

地に落ちたモラル=事故米の食用転用の現実

ここまで日本人の道徳意識は崩壊していたのか。

怒りを通り越して呆然とさせられたのが、毒性があるとして食用に不適とされた事故米を格安に落札した業者が、これを食用として転売した事件である。

農林水産省は、「工業用に利用することを条件に払い下げた事故米を食用に転売したのは契約違反だから、契約違反で損害賠償を要求する」などと、ほとんど見当はずれのコメントを発表しているが、問題は、消費者の食の安全を脅かした今回の事態にどう対応するか、農水省の姿勢を明確にすることである。あの歯切れの悪さは何か。おそらく、その事故米の管理のずさんさを批判する方向へと追及の矛先が向いてくることを恐れているからではないか。しかし、今回は農水省のことはさておくとしよう。

問題は、呆然とさせられた事故米落札の事業者の行動である。そこにある価値観は何か。自分の会社に利益が出さえすればそれで良い、金儲けして金持ちになった者が「勝者」で、どんな理由であれ、大金持ちになった者がそうでない者よりえらいのである。この10年近く、日本を振り回し、格差社会をもたらせた価値観と同根である。この道徳観が日本社会を大きく蝕んだ。現状は、損得勘定を離れて誠実に働く者がバカをみる。
この数年間、振り子も逆に振れている。株式公開などで富豪となった経営者に司直の手が及び、何人かの「英雄」が地に落ちた。モラルなき拝金主義を日本社会は拒絶したのである。もちろん、成功した企業、富を勝ち得た経営者のすべてが悪いわけではなく、正当に社会に価値を提供し、その見返りとして富を築いた尊敬に値する企業、経営者も少なくないが、マスコミがもてはやした多くは、拝金主義、富裕こそが価値である、という思想の持ち主だったのではないか。

今回の事件は、その悪事によってとても巨万の富を得られるような性格ではない。しかし、こうした悪事を働いてでも、「ばれさえしなければちょっと良い思いができる」というような価値観が蔓延していることを明らかにしてくれた。

ただ、ITの発展は、いずれこうした悪事は不可能な状況を作り出してくれるだろう。トレイサビリティシステムである。日本ではBSEの発生とともに牛肉の生産・流通履歴の確認で始まったトレイサビリティシステムだが、いまや農産物全般、さらに工業製品の一部、さらに企業の中での業務の流れやメールなどの内容、ひいては企業の中で活動するビジネスピープルの活動までトレースの対象になってきた。同時に不正の余地もどんどん狭まってくる。人間が皆、信じられるなら、こんなシステムは無い方が良いに決まっているが、一人、一企業の不正が社会全体に巨大な損害・被害を与える社会になって、かつ、放っておけば不正に手を染める悲しい人間の性がここまで見事に実証されたからには、トレイサビリティシステムの適用領域拡大もしかたがないと言える。

地に落ちたモラル――これを改善し、人間らしい理性を取り戻すまで、ITの力を借りなければならないような気がする。

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