現在の組織、機構にしっかりと根を生やした仕組みの改革は実に困難である。そのことを実感させるのが「道州制」の議論である。昨年末のことだが、新年明け早々のとりまとめを目指していた「道州制基本法骨子案」の策定について、政府の道州制ビジョン懇談会(江口克彦座長)は、同案の早期策定を断念したと発表した。鳩山総務大臣が「今年度末までにまとまる国の出先機関改革の実施計画などを優先させる」という方針を示したため道州制の議論は4月以降に先送りとなった。しかし、国の出先機関の改革は道州制の行方と連動しなければ意味がないので、道州制の議論と一緒に進めるべきで、この先送りの理由は、道州制の議論は当分、進める気がない、という現政権の意思表示とも受け取れる。失望を禁じ得ない。
もちろん、いずれはこういう政治によるストップがかかるとの懸念はあった。中央に集中していた各種の権限を地方に移管して行政の構造を再編成する、という道州制は明治の廃藩置県以来の根本的な政治体制の変革につながりかねない大革命である。徳川幕府の崩壊によって既存勢力の支配力が失われた中で、ようやく廃藩置県は断行されたが、それでも内乱の危機を秘めた状況の中での流血の果ての強行だった。そのような利害が錯綜した網の目を一刀両断して、あるべき国の姿へと再編成する、という理想に満ちた道州制の議論は、現在の政治の力では到底なしえない。
47の都道府県にこまごまと分散して行政を行う非効率な仕組みは、交通機関、情報ネットワークが未発達な時代に最適な仕組みとして編成されていた。市町村も同様である。市町村の再編成は着々と進行した。交通網、情報ネットワークが発達して、時間的、仮想的空間が飛躍的に収縮した現代では、広域のブロックを単位とした行政組織の方が適している。今後の情報インフラの発達を見越した「広域行政維新」の断行が望まれるところだ。外交、防衛の一部の権限まで、ブロックに委ねるなどの根本的な政府機能の見直しが必要だ、というのは、時代の変化を踏まえた議論としては極めて妥当である。しかし、残念ながら、これは既存の利害関係者の許すところではない。
現在の政治危機、経済危機でも、こうした利害関係を吹き飛ばして改革の一歩を踏み出すだけの爆発力はないだろう。米国がオバマ新大統領によって「改革」を目指すのとは天と地の差である。
道州制の先送りは、情報ネットワークインフラは充実したのに、それを活用して進めるはずの社会情報革命が一向に進まないのと同根なのかもしれない。