情報技術も英才教育の環境を準備せよ

情報技術も英才教育の環境を準備せよ

米国には情報技術分野の天才が次々と登場し、日本では残念ながらビル・ゲーツは現れない、といささかあきらめ気味だったが、どうも先天的な資質の問題ではなく、やはり教育しだいで可能性があるのではないか、と改めて思った。石川遼君の国内最年少賞金王決定の瞬間を見ての確信である。石川遼君を生み出したのは、若いうちからの英才教育の成果でもあろう。もちろん、天性の資質もあるのだが、その資質を発掘し、芽生えさせたのは英才教育であろう。

明治、大正、昭和初年代には、学者、研究者、文化人にも西欧に負けない偉大な人物がいた。極東の国として孤立していたのでノーベル賞の対象にならなかったのだろうが、鈴木梅太郎や野口英世ら、世界水準を超えた独創的な天才的研究者はたくさんいた。日本人は十分に独創的な資質がある。

もちろん、現代の情報技術の分野でも、ルビーの開発者松本行弘氏ら、傑出した技術者は出ている。すでにさんざん指摘されてきたことだが、それを育てる土壌が日本には失われている、というわけだが、ゴルフではちゃんと育ちつつあるではないか。気がつくとフィギュアスケートでもマラソンでも、世界一流の選手は育っている。要はその環境を準備することだ。

対照的なのが、国技の相撲である。これも強い選手が育つ環境を奪ったことが原因だ。おそらく千代の富士のころまでだったと思うが、小学生でも相撲部屋に入って、チャンコ鍋を食べて栄養をつけ、厳しい稽古で小さいうちから肉体体造りをできる環境があった。地方巡業の合間に地方の体格の良い少年をスカウトして、強い相撲取りに育てて行ったのである。しかし、ある時期以降、文部省によって、義務教育を終えるまで、相撲部屋入りは禁止された。国内では基礎的体力をつけられず、海外で基礎的体力をつけたレスラーたちが乗り込んでくると、一気に日本人力士が後退していったのである。

情報技術に関する教育ももしかすると、相撲界の轍を踏んでいるのかもしれない。 日本人の元来の資質が問題なのではない。制度が妨害して、日本人のある種の才能を押しつぶしているのではないか。情報技術の分野もそうしたアングルから、環境をもう一度見直してみた方が良いかもしれない。

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