3、4年前だったか、中国の人口が13億人に到達した、と祝賀する中国要人たちの喜ぶニュースをみて、知人たちと「人口統計が怪しい中国で、どうやって数えたのだろうね?」と笑い合ったものである。しかし、今度は、日本社会が海外から笑われる番である。
昨年9月、敬老の日を前にして厚生労働省が発表した数字は「9月15日時点で100歳以上の人口が4万399人となる」と発表した。「前年比で11%の増加」という伸びの大きさも驚きだった。しかし、関係者によると、このデータは住民基本台帳のデータを元にしたもので、生存が確認できているのはその半数程度ということらしい。つまり、2万人程度が、死んでいる可能性があるというのである。それが今回、発覚した。まだ、調査中だが、マスコミの集計によると、すでに200人以上の所在不明者が数え上げられている。おそらく、2万人くらいは不明者なのではないか。
原因はいろいろあるだろう。家族が意図的に死亡届を出さない、家族や知人の知らないところで亡くなった、行方不明になって家族や知人の知らないどこかで生きている、など考えられるが、3 番目は、高齢で他人の介助なしに生きてゆくのは難しいだろう。制度上の欠陥がここではたくさん浮かび上がってくるが、それは別に議論するとして、これは高度情報化先進国として恥ずかしくないだろうか。
100歳以上になって目立ってきたので発覚しつつあるのだが、これらの生死不明の方々は、 80歳、90歳のころに、すでに死亡したにも関わらず住民基本台帳上では生きていたことになっていた人なのではないか。とすると、100歳未満の幻の高齢者もたくさんいるかもしれない。100歳以上で2万人ならば、80代、90代の人もそれぞれ同数くらいいるかもしれない。国民の生命、財産、安心や健康などを守るのが国家の義務で、それを実行するために国民の所在や生活状況を確認するのは最低限の行政の義務であるべきだが、この国では、それよりもプライバシーやら個人情報を盾にした「抵抗勢力」があって、家族が死亡したことを届け出ない人々の権利を守ってしまっている。
住民基本台帳ネットワークは国民が公共サービスを享受する利便性を高めるための基礎的インフラとしてできたはずだが、今回の事態をみると、どうも正しく使われていないのではないか、と疑いを持たされる。電子行政システムは先進国中で最下位の国際評価を受けているが、今回の事態は、それを実証するものではないのだろうか。それとも、人口統計とは世界的にこの程度の精度なのだろうか。地方自治体の現場の力を借りて、厚生労働省には、今年の敬老の日、しっかりとした本物の数字を出してもらいたい。