日本のインターネットの草分け企業であるIIJ(インターネット・イニシアティブ・ジャパン)が島根県松江市に国内初のコンテナ型データセンターの建設を決めた。この動きをどう読み取るか。最近の傾向では、いよいよクラウド時代の特色である「データセンターの集中化」が始まった、と考えるらしいが、まったく見当はずれである。むしろ情報処理の「地産地消」と「一村一品」が始まる幕開けではないか、と思う。
情報処理は集中と分散のどちらに向かうか、という消耗な議論がある。世界にはたった一つの巨大なコンピューターが地球上のどこかにあって、そのコンピューターをネットワーク経由で世界中のユーザーが利用するというのが究極の姿だというバカげた議論まで出てくる。その流れをくむ考えが、日本国内のデータセンターは数か所にあって、そこで全国の処理を集中的に行えば最も効率的だというまことに幼児的な単純発想だ。
クラウドの前提になる技術の1つにグリッド技術があるが、これはネットワークにつながっている多数のコンピューターが遊休能力を互いに利用しながら効率よく、あたかも1つのコンピューターであるかのように運用される、ということである。「1つのコンピューター」というのは、どこか1か所にコンピューターを集約することではない。無数に分散したコンピューター(サーバー)があたかも1つのコンピューターであるかのように見える、ということである。これがインターネットで、これが雲(クラウド)である。各地の自治体で行っている情報処理を取り上げて、全国のどこか1か所に集中する、ということがクラウドだ、というのは全くの勘違いである。
むしろ、クラウドは、「地産地消」と「一村一品」である。仮に、ある業務処理システムで、どこかの自治体が優れたシステムを開発したとすれば、その地域の情報サービス会社か近隣のデータセンターで運用するサービスを開始して全国に提供すれば良い。多数の地域の自治体がそれぞれ自身の住民サービスシステムを提案し合って効率のよい仕組みを選択すればよい。最初からどこかに決めて、全国の自治体にお仕着せを使うように指示しても、それはクラウドの発想とは違う。「地産地消」で、各地に独特の優れた住民サービスとそれを支えるソフトウェアがある。自治体は地元の情報企業にそのサービスを実現するシステムを開発してもらい、ネットワークで提供してもらう。
もう一つは「一村一品」だ。ネットワークを経由して、優秀なソフトウェアは、遠隔地のシステムからでも利用し合うのがクラウドの思想である。自治体同士の住民サービスの品評会が自動的に実行されるのである。優れた住民サービスは、それを支える情報システムに形を変えて、SaaSとして提供される。クラウドは超集中ではなく、超分散である。ネットワークはグリッド技術によって、超分散を超集中に見せてくれる。これがクラウドの本質である。「地産地消」を目指し「一品一村」を目指して、新しい自治体クラウドに挑戦してもらいたい。