今更ながらの「チャイナリスク」~行政情報も無縁ではない~

今更ながらの「チャイナリスク」~行政情報も無縁ではない~

 民間同士の強力な依存関係によって、政治的な対立を乗り越えてゆく。日本の将来にとって欠かせない重要な隣国である中国との付き合い方は、経済で先行して信頼関係を構築して行き、互いの誤解を解き、新しい友好関係を築いてゆく、というものである。戦後、手探りで日中関係の再出発をしたころから、この路線は今日に至るまで継承されている。マスコミ報道されている中国各地での反日デモ、あまり報道されない一部の勢力による日本での反中デモは、長い時間がかかるにしても、いずれ融解して行く現象だろうと信じている。

 経済分野では、需要-供給という合理性が支配するので一定の枠組みさえ作れば自律的に動き出すが、それも強い制約条件が課せられている。たとえば、幹部社員、技術者の流動性が高く、人間の移動とともにノウハウや企業の重要情報までが漏洩する危険がある。社員は企業の規則を守る、という幻想は抱いてはならない。人件費の安さなどは、そのリスク回避の手段を講じるコストまで組み込んで比較しなければならないだろう。また、緊密に政治に関わる事柄については、経済合理性だけでは動かないので慎重な配慮が必要だ。

 特に、筆者が最も懸念していることは、行政システムや自治体の情報システムの業務を受注した後、SIerが、安いコストを求めて中国にオフショアリングしていると疑われるケースが多々あるからだ。本当かどうか、防衛庁に関わるようなシステム開発の一部が中国にオフショアリングされているようだ、と耳にしたこともある。日本の中の経済合理性で、つまり利潤確保のために、外国に業務を委託するというのはリスクが大きすぎる。今回のノーベル平和賞の件でも、尖閣諸島の件でも、中国政府は情報統制をしている、と考えるのは常識だろう。日本の行政の基本に関わることをモニタリングしていないか。それが悪用される危険はないか。国民の基本情報に関わるシステムついては、リスク回避に徹しても徹しすぎることはない。

 日本は古くから中国の文化を取り入れ、その土台の上に日本独自の要素を磨き上げて付け加え、世界に類のない優れた文化を築き上げた。共通の土台にその後の文化が築かれているとすれば、相互に理解しあえる土台があるはずだ。もっと文化交流も進めて対立を溶融させて行くことも可能だろう。その姿勢は堅持しつつ、そうではあるが、政治に関わる点については経済分野でも「チャイナリスク」を視野に置くべきだ。

 とりわけ、情報産業については、行政情報、自治体システムの構築について、リスク回避ができているかどうかを点検すべきである。民間企業のシステムは経済合理性が優位に働いても、行政情報については、経済合理性よりも重視しなければならないポイントがあるからだ。作業拠点がどこであったか、システムの作成作業のログを明示すべき時期に来ているのではないか。筆者は、ソフトの制作工程にトレーサビリティ(追跡可能性)を取り入れて、だれが、いつ、どこで、その部分の作業をしたかのログを付すべきだと主張してきているが、チャイナリスクを考慮すると、再び、その主張を声高に叫びたいと思う。

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